日常倫理
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/25 02:32 UTC 版)
道教においては、地上の人間の行為を天の神が見ていて、行為の善悪に従ってその応報として禍福がもたらされるという観念があり、そこから日常で守るべき倫理が説かれることとなる。人の行為に天が賞罰を与えるという考え方は『墨子』や董仲舒の災異説など中国に古くから存在し、道教関連では『抱朴子』のほか、『太平経』や『霊宝経』などに見えている。『霊宝経』には日常において守るべき倫理として「十戒」が挙げられており、これは仏教の「戒」の影響を受けつつ、中国の日常倫理と融合したようなものになっている。 一には、殺さず、まさに衆生を念ずべし。二には、人の婦女を淫犯せず。三には、義にあらざるの財を盗み取らず。四には、欺いて善悪正反対の議論をせず。五には、酔わず、常に浄行を思う。六には、宗親和睦し、親を謗ることをせず。七には、人の善事を見れば、自分も同じように歓喜する。八には、人の憂いあるを見れば、助けてそのために福をなす。九には、相手の方から私に危害を加えても、志は報いざるにあり。十には、一切未だ道を得ざれば、我は望みを有せず。 — 『太上洞玄霊宝智慧定志通微経』 その後、宋代以後に民衆の間で流行した「善書」や、行為の善悪を点数化する「功過格」によって日常倫理が説かれることとなった。
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