支援・見舞い
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/11 09:07 UTC 版)
天皇・皇后は最大の火砕流発生後の1991年(平成3年)7月10日に被災地を見舞った。その際、側近を最低限の人数にとどめ、昼食も簡素な食事とした上で(被災者と同様、救援資材のインスタントカレーを食べた)、時間の許す限り被災者を見舞う時間を設けた。その際に、天皇は床に膝をついて直接被災者と言葉をかわしたが、歴代天皇で言葉をかわす際に床に膝をついたのは初めてであった。これは天皇が皇太子時代から行われているものだったが、その後の天皇の被災地の見舞いでも続けられ、平成以降、皇族もこれにならっている。 国・県・市などは基金を設立し、避難所生活の改善や住宅再建補助など約100項目の生活支援を行っている。また、直接間接被害額は約2300億円に達したが(1996年(平成8年)、島原市調べ)、長崎県や日本赤十字社などに230億円の義援金が寄せられた。こうした義援金も、被災者の住宅再建等や復旧事業に使われた。 また、日本放送協会では被災者を勇気付ける目的も込めて、土曜ドラマ『がんばらんば』を制作した。
※この「支援・見舞い」の解説は、「雲仙岳」の解説の一部です。
「支援・見舞い」を含む「雲仙岳」の記事については、「雲仙岳」の概要を参照ください。
- 支援・見舞いのページへのリンク