拓チャンの書初め大いなる楕円
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出 典 |
空の庭 |
前 書 |
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評 言 |
前回は「雪女郎おそろし父の恋恐ろし 中村草田男」の句に絡めて私の父のことを書いたが、子供の目を通して見た大人の世界や日々の世界にも理解不能なことや不思議なことがいっぱいあった。 私がまだ子供(小学生)のころ私たちの村には変な大人が何人もいた。思い出すだけでも、蛇を捕ることを仕事にしていた「蛇宗」こと蛇屋の宗ちゃん、「鮎の手掴み名人」のシゲちゃん、家の柱が倒れるまで「宝物」を掘り続けた「松つあん」、芸者と駆け落ちしてきたという元坊さんの「こうしんさん」などなど。それらの人たちは通常他の人達と違わない暮しをしているのだが親たちは自分の子どもが彼らと接するのを恐れていたようである。しかし大人が離そうとしても子供たちはそのような人に何故か吸い寄せられるのである。 「ハナちゃん」という老婆がいた。老婆と言っても子供の目から見てのことで多分五十代半ばごろの年齢だったのだと思う。彼女は痩せ形で背が高く、少し色黒ではあったが目鼻立ちの整った女性であった。彼女は隣村との境の「谷津」の奥のひどく荒れ果てた庵のような家に住んでいた。大人たちは「ハナちゃん」は鬼と住んでいると言って子供たちに近づくことを禁じていた。子供たちの間でも「ハナちゃん」は元々どこか「いい家」の娘で、鬼に攫われてきたのだという風に信じられっていたのだった。 彼女は普段は村の便利屋のような仕事をしたり、小学校の給食の手伝いをしたりして暮らしていた。だが正月が来ると忙しくなるのである。「鬼」の命令で村中の子供の書初めを集めて歩かねばならなかったからである。そして正月の終わりの頃には、今度はそれを返して歩くのである。「この字は大変元気がよくてよいと家の鬼が言っていた」とか「この字には優しさが感じられると鬼がいっていた」とか言いながら。また返された書初めには朱色の手直しが丁寧に書き込まれているのであった。 少し大きくなってから解ったことであるが、ハナちゃんは実は他県の或る町の売れっ子の芸者だったらしい。それが鬼こと「孝信」という坊さんと恋に落ちてしまい、駆け落ち同然にこの村にやってきて、今の谷津の奥に庵を建てたのだそうだ。 その鬼も私が高校生のころ病気で死んだ。ハナちゃんは「うちの爺ちゃんが死んじまったよ~」と泣き叫びながらさまよっていたと言う。 |
評 者 |
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備 考 |
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