雪女郎おそろし父の恋恐ろし
作 者 |
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季 語 |
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季 節 |
冬 |
出 典 |
火の島 |
前 書 |
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評 言 |
今年も残すところ一か月余りとなった。いつも今頃になると父のことを思い出す。感情表現が不得手でいろんな意味で不器用だった父、それ故子供たちからあまり愛されることなく逝ってしまった父。そんな父のことがこの頃思われてならない。 ところで今回取り上げた草田男の句は、彼の句の中では異色である。この句の父は家族を捨ててでも自らの思いに従おうとする父である。それを子供の側から「父の恋恐ろし」と書いている。わが父の姿とはやや違う気もするが、そこには家族に知られることなく、心の中に闇を抱え込みながらも、その柵にからめとられている世の父親像とは逆説的に通じ合っている気がする。 今思うと、私が十二歳の頃の父は最も貧しかった。山間地の僅かばかりの田畑の耕作と年三回の養蚕の収入で、養うべき家族は母と子供五人そして祖母の七人いた。食べることが第一で着る物はめったに新調して貰えなかった。いつも継ぎ当ての服を着せられていた。しかし年に一度父が輝く日があった。それは家族全員の正月用の衣服を買い込んでくる大晦日であった。 その年は確か台風で傷んだ家を修繕したと思う。年の瀬が近づくにつれ父は不機嫌になった。どうやら正月の晴れ着は期待薄であった。しかし大晦日当日意外な事態になった。どこでどう工面したのか母が子供たちの晴れ着を買ってきたのである。それを見て激怒した父は凄い形相で吠えた。私たちから母が買ってきた衣類を奪い取ると土間に叩きつけ何度も足で踏みつけたのである。弟たちは泣き出し、母と私は父を罵った。それは修羅場であった。父は家を飛び出し翌朝まで帰らなかった。 あの夜のことを思うと胸が痛む。しかしこのごろでは草田男句のやうに「雪女郎」のもとにでも走っていたらよかったにと思ったりもするのであるが。 |
評 者 |
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備 考 |
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