恩賜のたばこの製造数
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/07/15 00:58 UTC 版)
「恩賜のたばこ」の記事における「恩賜のたばこの製造数」の解説
大正までは宮内省接待用と下賜用たばこは明確にわけられていなく、昭和に入ってから新たに「恩賜」の文字が入った下賜用の別紙紙箱特製たばこの製造が始まった。当初の製造数は少なく1933年(昭和8年)までは年間100万本以下、9-11年は200万本、それ以降は1000万本台の数量で製造数が多くなり物資が不足するにつれ箱の文字は黒字で「賜」一文字になり、ピークの1944年(昭和19年)には2800万本強の特製たばこ(そのほとんどは「恩賜のたばこ」)が作られた。終戦の年の1945年(昭和20年)には106万本と激減している。そのほとんどは吸口付き紙巻たばこであるが、わずかに(1-3万本程度)両切り紙巻たばこも作られている。 太平洋戦争後も口付紙巻たばこは製造され年間100-200万本ほど、両切り紙巻たばこも1964年(昭和39年)までは年間10万本未満、1965年(昭和40年)から廃止される1968年(昭和43年)までは年間30万本程度作られた。1968年(昭和43年)からはフィルター付きたばこに変更され、年間300万本程度作られている。
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