性格と批判
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/10/03 07:49 UTC 版)
几帳面で一本気なところがあり、一度言い出したら後に引かないところがある。このことは、外島事件でもよくあらわれている。土佐弁でいうと、いごっそう,ともいわれ、頑固で気骨の在る男等を意味する。ドイツ語がよくできるのに、東京大学の卒業論文を日本語にして落第されかかったり、生涯、博士号をとらなかったことが語られている。 1941年のらい学会で議長をつとめ、小笠原登をつるし上げるのに荷担した。 光田健輔は療養所の患者を、一つの家族のようにして統率しようとしたが(大家族主義)、村田は患者の人格を尊び患者の自治によって統率しようとした(自治主義)。
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