引退後の監督時代
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/11 07:49 UTC 版)
選手時代から全日本監督時代にかけての数々の海外遠征、そして留学経験などの様々な実績を買われ、2003年9月、国際柔道連盟の教育コーチング担当理事に就任する。 一説によると山下は、海外小説の原書を読むことができるほど英語に堪能。NHKの「土曜インタビュー」において「英語で1時間半も続けて演説した」というエピソードを披露した。また海外への出張中は英語のニュースを聞き「半分程度は理解できる」と謙遜混じりに述べた。選手生活を引退した翌年にはイギリスに一年間の留学をしている。 指導者としては「勝つ経験ばかりしている自分が負けた選手の気持ちを理解できるだろうか」という考えのもと、海外遠征では現地で選手をバスで観光させて見識を広めさせるなど、柔道の枠を越えて一個人を大きく育てていくという広い視野に立った指導を進めている。
※この「引退後の監督時代」の解説は、「山下泰裕」の解説の一部です。
「引退後の監督時代」を含む「山下泰裕」の記事については、「山下泰裕」の概要を参照ください。
- 引退後の監督時代のページへのリンク