幻の路線「各務線」
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/04/23 08:44 UTC 版)
大正時代に美濃電気軌道は、稲葉郡東南部(現・各務原市)方面への進出を考えていた。これは1917年(大正6年)に日本陸軍各務原飛行場が開設されるなど、その後軍需産業の発展と利用者が見込まれていたためとされる。計画によると、2路線が考えられていた。 岐阜 - 那加村(現・各務原市) - 芥見村(現・岐阜市)美濃町線二軒家駅(金園町九丁目駅付近?)から日本陸軍六十八連隊(現・富田高等学校付近)、大島(現・各務原市蘇原大島町付近?)を経由し、下芥見駅にて美濃町線に接続するルート。 那加村 - 各務村(現・各務原市)大島(現・各務原市蘇原大島町付近?)から日本陸軍第一飛行大隊(日本陸軍各務原飛行場の西部)を通り、各務村(現・各務原市各務西町付近?)に至るルート。現在の名鉄各務原線のやや北を通ると推定されている。 1922年(大正11年)9月14日に地方鉄道敷設の免許を取得していたが、建設はされず、幻となった。 その後、1923年(大正12年)6月19日に稲葉郡北長森村 - 同郡鵜沼村間の鉄道免許状が下付され、各務原鉄道株式会社が1924年(大正13年)4月13日が設立された。これが実質的に各務線の後継計画となり、美濃電気軌道の援助(子会社化)によって1927年(昭和2年)には長住町駅(現・名鉄岐阜駅) - 東鵜沼駅(現・新鵜沼駅)間の開通を果たす。その後、各務原鉄道は経営難から1935年(昭和10年)3月28日に名岐鉄道(同年8月1日名古屋鉄道に改称)と合併し、名鉄各務原線となった。
※この「幻の路線「各務線」」の解説は、「名鉄美濃町線」の解説の一部です。
「幻の路線「各務線」」を含む「名鉄美濃町線」の記事については、「名鉄美濃町線」の概要を参照ください。
- 幻の路線「各務線」のページへのリンク