山根善伸とは? わかりやすく解説

山根善伸

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/07/14 14:37 UTC 版)

山根 善伸
基本情報
国籍 日本
出身地 山梨県甲府市
生年月日 (1968-12-18) 1968年12月18日(56歳)
身長
体重
173 cm
86 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 捕手
プロ入り 1991年 ドラフト7位
初出場 1993年4月11日
最終出場 1997年7月12日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

山根 善伸(やまね よしのぶ、1968年12月18日 - )は、山梨県甲府市出身の元プロ野球選手捕手)。

来歴・人物

甲府市立新紺屋小学校[1]甲府市立北東中学校出身[2][3]。小学校に入学したころから野球を始めた[1]

東海大甲府高校では、3年生だった1986年春季関東大会で、9試合に出場して打率5割、14打点、3試合連続(2打席連続を含む)の4本塁打を記録、チームの三冠王になる[3]。同年の夏の甲子園大会に出場[2][4]、守備ではエースの窪田龍二とバッテリーを組み、打撃面でも高校生離れした打球飛距離を誇る強打者として活躍[3][2]。左打者で四番打者を担った大塚雅男とともに、六番打者(県大会の準決勝・決勝では五番打者)を担う右の長距離打者として打線の中心を担った[3]。同大会では2回戦で愛知代表の享栄高校に2対1で逆転負けしたが、この試合では県大会・甲子園を通じて初めて四番打者を担い、享栄高校のエース・近藤真一から4打数2安打を記録、6回表には右前への適時打でチーム唯一の打点となる先制点を挙げた[5]。同大会時点では身長175 cm、体重75 kg[2]。高校の1年後輩に久慈照嘉がいる[2]

高校卒業後、社会人野球新日本製鐵名古屋でプレーした[6]。新日鉄名古屋では1990年に打率.388、21本塁打を放ち、東海・北陸地区の年間優秀選手に選出された[6]1991年11月22日に開催されたプロ野球ドラフト会議横浜大洋ホエールズから7位指名を受け[6]、同年12月5日に契約金3500万年俸540万円(金額は推定)の契約条件で入団に合意した[7][8]。プロ入り当時は身長174 cm、体重78 kgだった[7]背番号は37[9]。プロ入り時は古田敦也のような捕手を目標に掲げていた[6]

球団名が「横浜ベイスターズ」に改称されたプロ2年目の1993年に一軍初出場を果たすも、一軍の捕手には谷繁元信秋元宏作がおり、出場機会に恵まれなかった。1998年10月15日に球団から戦力外通告を受け[10]、現役を引退した。

引退後は帰郷して携帯電話販売店を経営していたが、1999年から2000年にかけて高校時代の先輩から社会人野球への誘いを受け、東海甲府クラブに入団[1]。2000年4月28日付で日本野球連盟から競技者登録され[11]、同年5月21日には第71回都市対抗野球大会予選(県第1次)に出場した[1]

詳細情報

年度別打撃成績

















































O
P
S
1993 横浜 16 13 13 1 4 1 0 1 8 1 0 0 0 0 0 0 0 3 0 .308 .308 .615 .923
1994 6 1 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0 .000 .000 .000 .000
1996 9 6 6 0 2 1 0 0 3 0 0 0 0 0 0 0 0 2 0 .333 .333 .500 .833
1997 2 2 2 0 1 1 0 0 2 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0 .500 .500 1.000 1.500
通算:4年 33 22 22 1 7 3 0 1 13 1 0 0 0 0 0 0 0 7 0 .318 .318 .591 .909

年度別守備成績


捕手
試合 刺殺 補殺 失策 併殺 捕逸 守備率 企図数 許盗塁 盗塁刺 阻止率
1993 15 32 2 1 0 0 .971 5 4 1 .200
1994 6 7 0 0 0 0 1.000 0 0 0 ----
1996 2 2 0 0 0 0 1.000 1 1 0 .000
通算 23 41 2 1 0 0 .977 6 5 1 .167

記録

背番号

  • 37 (1992年 - 1998年)

脚注

  1. ^ a b c d 毎日新聞』2000年5月21日東京朝刊山梨地方版「第71回都市対抗野球 元横浜ベイスターズ・山根選手、きょう県予選出場 /山梨」(毎日新聞東京本社・甲府支局【堀文彦】)
  2. ^ a b c d e 山梨日日新聞』1986年8月7日朝刊2版特集面10頁「攻守とも充実 東海大甲府 5度目の甲子園に挑む15人の精鋭 看板はパワー打線 切れ鋭いエース・窪田」(山梨日日新聞社) - 縮刷版122頁。
  3. ^ a b c d 『山梨日日新聞』1986年8月3日朝刊第2版スポーツ面8頁「三連覇への軌跡 東海Vナイン 5 窪田 エースとして一本立ち 山根 高校生離れしたパワー 大塚 一発長打を秘める主砲」(山梨日日新聞社) - 縮刷版60頁。
  4. ^ 『シリーズにっぽんの高校野球 vol.9 関東編Ⅱ』(ベースボール・マガジン社) 49頁。ISBN 978-4583615851
  5. ^ 『山梨日日新聞』1986年8月15日朝刊2版スポーツ面8-9頁「第68回全国高校野球選手権<7日> 東海大甲府 享栄に敗退 6回山根が先制打 好機逸し終盤崩れる」(山梨日日新聞社) - 縮刷版288-289頁。
  6. ^ a b c d 中日新聞』1991年11月23日朝刊県内版18頁「鈴木名電)オリックス4位指名 プロ野球ドラフト会議 山根(新日鉄)は大洋が7位で」(中日新聞社
  7. ^ a b 『中日新聞』1991年12月6日朝刊運動1面27頁「ドラフトだより 5日【大洋】」(中日新聞社)
  8. ^ 『朝日新聞』1991年12月6日東京朝刊 (14版、23面)
  9. ^ 『中日新聞』1991年12月21日朝刊運動1面19頁「“七人の侍”そろった! 中日新入団選手を発表 落合英「優勝に貢献を」」(中日新聞社)
  10. ^ 神奈川新聞』1998年10月16日朝刊A版スポーツ面17頁「ベイスターズだより 岸川ら戦力外通告」(神奈川新聞社)
  11. ^ 『毎日新聞』2000年4月29日東京朝刊スポーツ面21頁「プロ退団者6人を登録――日本野球連盟」(毎日新聞東京本社)

関連項目

外部リンク





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