尾崎紀世彦版「五月のバラ」
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尾崎紀世彦は、1973年のアルバム『しのび逢い』で「五月のバラ」をカバーした。オリコンチャート37位。以降、毎年のようにベスト・アルバムに収録される。自身のライブ・コンサートの他、『サウンド・イン"S"』(1977年)や『クルージングライブ・尾崎紀世彦』(1991年・NHK)でも歌唱。 作詞のなかにし礼は、2020年6月にラジオ番組出演の際、経緯について問われ「最初は他の人が歌ったんですけれど、尾崎さんが『歌いたい』って言うんで。僕はあの人の声が好きで、朗々たる日本人とは思えない声でしょう。『彼が歌ったら良いだろうな』と思って歌ってもらったんです。想像を超えるような歌いっぷりで、僕も『五月のバラ』の尾崎紀世彦は大好きです」と答えている。 1977年8月25日、日本フォノグラムから移籍後に両A面としてリカットされ、22枚目のシングルとして発売された。規格品番はFS-2062。 「メリー・ジェーン」は、1974年のアルバム『尾崎紀世彦No.8』からのリカット。日本語詞を担当したつのだ☆ひろは「メリー・ジェーンはカバーなのでアルバムの中の1曲と思っていたが、あの『五月のバラ』とカップリングでシングル発売、しかも両A面扱いで嬉しさの行ったり来たり」と語っている。
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