寮・体育館建て替え
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/12/19 03:15 UTC 版)
「東京都立秋川高等学校」の記事における「寮・体育館建て替え」の解説
秋川高校を誘致した秋川市は1983年(昭和58年)4月及び10月に都教育庁に秋川高校の移転を申し入れた。更に翌、1984年(昭和59年)6月26日の市議会で「都立秋川高校の改善計画停止等に関する意見書」を採択した。都教育庁には「(1)秋川高校は誘致した時と性格・内容が全く異なっている(2)生徒の質が悪く住民は迷惑している。」といった内容が申し入れられた。存続を求めた教職員や父兄によって、市長や全市議への戸別訪問等が行われた。曲折はあったが、東京都議会は1984年(昭和59年)12月の定例会では、鈴木都知事のお陰で秋川高校の存続が決まり、秋川高校・寄宿舎改築工事が可決された。 地元対策のため、停学又は家庭謹慎(喫煙・飲酒・無断外泊等)を2度犯すと、その時点で無期停学処分が課せられた。これは事実上の退学処分してマスコミに取り上げられることもあり、受験者減と低学力化が進んだ。
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