太平洋炭礦における自走枠の歴史
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/04/18 05:01 UTC 版)
「SD採炭」の記事における「太平洋炭礦における自走枠の歴史」の解説
太平洋炭礦における自走枠は、ドイツのフェロマティック社のフェロマティック旋回式自走枠に始まり、三井三池製作所のIU枠(Uの字の中にIの字型の部材が先行し、Uの字型の部材が後行する自走枠)、UI枠(Uの字型の部材が先行し、Iの字の部材が後行する自走枠)、UU枠(Uの字型の部材を2つ組み合わせた自走枠)と導入されたが、支持力や移設能力不足、荷重が不均等に掛かる等の問題を解決できず、水圧鉄柱支保に逆戻りした。 UI枠による機械化薄層採炭は技術的には達成できたものの、薄層に起因する保安上の問題が多発し、労働組合の申し入れにより中止された。 自走枠による採炭に転機が訪れたのは、三井三池製作所が技術提携していたソ連のOMKT(オーエムカーテー)枠の導入によってである。従来の枠とは違い、部材を交互に移設するのではなく、枠が一つの部材で完結しており、移設が一回で終わる上に、古洞側にシールドと言う覆いがあるので古洞からのズリのバレ込みなく保安上も有利であった。 しかし、OMKT枠も万全ではなく、支柱を1本から2本に強化し、天盤を支えるカッペの面積を広くする等の改良をおこなったが決定打に欠き、MK(エムカー)枠をベースに4本柱のSMK(エスエムカー)枠を開発した。
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