大嶋神社・奥津嶋神社とは? わかりやすく解説

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大嶋神社奥津嶋神社

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/04/23 21:32 UTC 版)

大嶋神社奥津嶋神社

拝殿
所在地 滋賀県近江八幡市北津田町529
位置 北緯35度10分15.41秒 東経136度04分53.07秒 / 北緯35.1709472度 東経136.0814083度 / 35.1709472; 136.0814083 (大嶋神社奥津嶋神社)座標: 北緯35度10分15.41秒 東経136度04分53.07秒 / 北緯35.1709472度 東経136.0814083度 / 35.1709472; 136.0814083 (大嶋神社奥津嶋神社)
主祭神 大国主神
奥津島比売命
社格 式内社(名神大・小社)
県社
創建 (伝)成務天皇朝
本殿の様式 三間社流造(大嶋神社)
一間社流造(奥津嶋神社)
別名 島の大宮
例祭 4月18日
主な神事 松明祭(4月17日
地図
大嶋神社奥津嶋神社
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鳥居

大嶋神社奥津嶋神社(おおしまじんじゃおくつしまじんじゃ/おきつしまじんじゃ、大嶋奥津嶋神社)は、滋賀県近江八幡市北津田町にある神社大嶋神社奥津嶋神社から成り、ともに式内社である。旧社格県社

祭神

神紋

亀甲花菱

歴史

社伝によると、成務天皇の治世に武内宿禰により勧請されたとされる。大嶋神社と奥津嶋神社は元は別の場所に鎮座していたが、延文6年(1361年)以前に同地に鎮座された。大嶋神社は式内小社、奥津嶋神社は名神大社論社である。『三代実録』によると、貞観元年(859年)、従五位上の神階を賜ったとの記述がある。

大正3年(1914年)に県社に列格した。

摂末社

  • 境内社
    • 日觸神社
    • 日吉神社
    • 四宮神社
    • 喜佐伊神社
    • 行司神社
    • 白山神社
    • 綾神社
  • 境外社
    • 池鯉鮒神社
    • 若神子神社
    • 雨神社
    • 若宮神社
    • 百々神社

祭事

  • 松明祭 - 4月17日に行われる。
  • 例祭 - 4月18日に行われる。

文化財

重要文化財(国指定)

  • 木造大国主尊坐像(彫刻) - 平安時代の作。1909年(明治42年)9月2日指定[1]
  • 菊花螺鈿鞍、黒漆鞍、黒漆鐙(工芸品) - 平安時代末から鎌倉時代の作。1981年(昭和56年)6月9日指定[2]
  • 大島、奥津島神社文書(222通)1巻、32冊、3枚(書跡) - 鎌倉時代から江戸時代の文書。1987年(昭和62年)6月6日指定[3]

脚注

  1. ^ 木造大国主尊坐像 - 国指定文化財等データベース(文化庁
  2. ^ {菊花螺鈿鞍〈前輪欠/〉/黒漆鞍/・黒漆鐙} - 国指定文化財等データベース(文化庁
  3. ^ 大島、奥津島神社文書(二百二十二通) - 国指定文化財等データベース(文化庁

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