命を奪った病
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/07/26 04:45 UTC 版)
ベートーヴェンは晩年、衰え行く健康に悩まされていた。いわゆる「後期」もこの時期に当たっており、彼の作品の中でも最大の賞賛を集めるような作品が生み出されている。完成させることが出来た最後の作品は難渋な『大フーガ』を置き換えるために書かれた弦楽四重奏曲第13番の終楽章で、これに伴い『大フーガ』は作品番号133を得て単独で出版された。その後まもなくの1826年の終わりごろ、病気が再発して嘔吐と下痢の症状が出たことが彼の命の終焉を早めた。 回復の見込みがないことが明らかになるにつれ、ベートーヴェンの周囲には友人たちが集っては手を差し伸べるとともに最後の表敬を行った。担当医たちは腹水を緩和すべく計4回の手術を実施し、最初の1回で感染を引き起こすもそれ以外は問題とならなかった。3月24日には最後の秘跡を授かり、3月26日に意識を喪失すると同日夕方に息を引き取った。この時、家の中にはベートーヴェンの弟のヨハン、カール・ホルツ、幾人かの友人らが居たとみられるが、アンゼルム・ヒュッテンブレンナーが1860年に書き記したところによると、彼自身とベートーヴェンの義理の妹の2人のみが臨終を看取ったのだという。
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