含みの理論
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/19 20:31 UTC 版)
発話された表現が字義的に持つ内容から、その発話が持つ含みが計算される仕組みを体系的に記述しようとした理論。もともとは知覚の因果説の擁護のために提出された(`the Causal Theory of Perception', 1961, in Grice (1989))。`Logic and Conversation'(1975, in Grice (1989))などで大きく扱われている。 例えば、ガソリンが切れて困っているひとに、あるひとAが「あっちにガソリンスタンドがあるよ」と言ったとしよう。この場合、Aは単にあっちにガソリンスタンドがあるということだけでなく、そのガソリンスタンドが開いている、そのガソリンスタンドにはガソリンがあるといったことも伝えようとしていると言える。こうした文字通りの内容を超えた言外の内容を、グライスは「会話の含み(conversational implicature)」と呼ぶ。 含みの理論では、「協調原理」(cooperative principle)と、それに従属する四つの格率が措定される。 協調原理 参加している会話で受容されている目的や方向が、その段階で求めていることに従って、発話を行え。 会話の格率 量(Quantity)求められているだけの情報を持つ発話をせよ。 求められている以上に情報を持つ発話をするな。 質(Quality)偽であると信じていることを言うな。 十分な証拠を欠いていることを言うな。 関係(Relation) 関連性を持て。 様態(Manner)曖昧な表現を避けよ。 多義的になることを避けよ。 簡潔たれ。 順序立てよ。 四つの格率を守ることが、結果的に協調原理に従うこととなる。だが、実際の会話ではしばしば格率が破られる。しかし多くの場合、話者が協調原理に従っていないとは見なされない。こうしたズレが、会話の含みを生じさせると考えられている。先の例で言うと、話者はガソリンのありかを伝えていないのだから、量の格率を破っている。けれど協調原理を破っていると考える根拠はない(少なくとも何かを教えようとしているのだから)。それゆえ、聞き手は「話者は含みのレベルで量の格率を満たしているのだ」と考える。つまり、話者は文字通りには量の格率を破っているのだが、ガソリンが問題のガソリンスタンドにあるといったことを言外の含みとすることで、協調原理を満たしているのだとされる。 一般に、会話の含みとは、話者が協調原理に(少なくとも含みのレベルで)従っているという想定を維持するために必要となる一群の仮定のことだと定義される。 またグライスは、会話の含みのほかに、「慣習的含み(conventional implicature)」という概念も導入している。これは、語がそれ自体で持つ内容でありながら、真理条件的意味を超えて表される内容を指す。例えば、「あいつは金持ちだけど、いいやつだよ」という発話からは、金持ちであることといいやつであることが対比的に語られているように思われる。だが、この発話は真理条件的には「あいつは金持ちで、いいやつだ」と変わらない。そこで、ここであえて逆接を用いて表現されている対比は慣習的含みだとされる。 会話の含みでも、慣習的含みでもない内容(結果的に、真理条件的内容)は「言われていること(what is said)」と呼ばれる。
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