各横穴墓(8号墓以外)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/26 23:26 UTC 版)
「出山横穴墓群」の記事における「各横穴墓(8号墓以外)」の解説
出山横穴墓群は、これまでのところ10基の横穴墓が発見されている。地下レーダー調査によればその他にも3ヵ所、横穴墓と思われる場所が発見されている。横穴墓は発見、記録順に1号墓から10号墓まで名づけられている。 1号墓:崩れた崖から半分崩れてしまった玄室部分が発見された。1978年に発掘され、わずかではあるが歯が出土した。 2号墓:1979年に入り口に当たる羨門部分のみ調査が行われた。内部の調査はこれまで未実施である。 3号墓:1979年に調査が行われた。平面的には胴張りのある台形、天井はアーチ型をした玄室があり、礫床が確認されたが、人骨や遺物は発見されなかった。 4号墓:1979年に調査が行われ、平面的には羽子板に似た形、そしてアーチ型をした天井を持つ玄室が確認された。3号墓と同じく礫床が確認されたが、やはり人骨や遺物は発見されなかった。 5号墓:崖面の崩落によって、玄室奥壁の一部と礫床の一部が残っているのみである。 6号墓:大正時代から開口していたようで、かつて出山古墳と呼ばれていたと見られる。現在は玄室奥の部分のみ残存している。 7号墓:1984年に崖面に敷石があるのが発見された。 9号墓:第二次8号墓発掘時に行われた地下レーダー調査の結果、1994年に発見された。発見時、横穴墓は土砂が崩落しており、墓前域から羨道にかけての一部が発掘されたが、周辺の環境への悪影響とともに安全性の問題もあり、全体の発掘は行われなかった。 10号墓:1994年のレーダー調査によって発見された。
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