南 総

デジタル大辞泉

なん‐そう【南総】

読み方：なんそう

上総(かずさ)の異称。下総(しもうさ)を北総というのに対する。

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南総

出典: フリー百科事典『ウィキペディア（Wikipedia）』 (2025/02/18 00:05 UTC 版)

南総（なんそう）は、令制国の上総国の異称^[1][2][3]、およびそれに由来する地名。

1. 南総 - かつての上総国の異称。下総国を「北総」と称するのに対応する語である^[1][2][4]。
2. 南総 - 現在の千葉県中部および南部を指す通称地名。1の上総国の範囲と必ずしも一致するわけではない。
3. 南総地区 - 千葉県市原市のうち、旧市原郡南総町に属していた地域のこと。

上総国の異称

「南総」と「北総」

かつての日本では令制国を中国風に「州」と呼称することがあり、国名の一字をとった「○州」が別名として用いられた^[5]（唐名参照）。ただし上総国・下総国については、ともに「総州」であった^[6]（「総州」は両国の総称とされることもある^[7][8]）。この上総・下総を区別するために「南総」「北総」の語が用いられることがあった^[9]。

たとえば、上総国武射郡に出生して下総国佐原（現香取市）の伊能家を継いだ伊能忠敬の墓碑（原文は漢文）には「君の諱は忠敬、字は子斉、伊能氏……〔中略〕……北総香取郡佐原村の人なり。本姓は神保氏、南総武射郡小堤村、神保貞恒の第三子にして、出でて伊能氏を冒せり」とある^[10]。

また江戸時代中期の儒者・荻生徂徠は、父が失脚して江戸を追放されたために上総国長柄郡本納村（現茂原市）に移り住み、ここで14年間を過ごした。のちに徂徠は、青少年期に学んだ「南総の力」がその後の自らの学問の発展をもたらしたと述べた^[11]。

「南総」と安房国との関係

後述する現代の通称地名としての「南総」は、旧安房国との境界が曖昧になっている例が多数ある。しかし上総国の南に隣接する安房国は「房州」と呼ばれ^[12][6]、厳密には「総州」および「南総」には含まれない。上総・下総および安房3か国の併称として「房総」という語がある^[13]ように、元々は「房州」と「総州（南総）」は別個という認識があった。

江戸時代後期に上総国長須賀（現在の木更津市）出身の国学者・鳥海酔車が著した地誌のうち、上総一国を扱った地誌は『南総郡郷考』^[14]、安房一国を扱った地誌は『房陽郡郷考』と題され^[15]、南総と安房（房州）が分けられている。

他にも明治初年に房総地域の地方長官を務めた柴原和は^{[注釈 1]}、木更津県について「安房南総を併せて一円管治するに至る」と記し、その管轄地域の状況を記する当たって「安房及南総」と併記しており^[16]、安房と南総（上総）を明確に区別している。

一方で、江戸時代後期に人気を博した曲亭馬琴の伝奇小説『南総里見八犬伝』は、室町時代後期（戦国時代初期）、安房国に本拠を置いた実在の戦国大名・里見氏^[17]を題材に用いている。里見氏の名に「南総」を冠したことについては当時の読者からも疑義を呈されていたようで、馬琴は、安房国が上総国から分立した国であることを説明した上、小さな安房国から勃興した里見氏が房総半島から三浦半島の一部にまでに広がる「南方藩屏第一の大諸侯」となったことを表現するものとして「安房」でも「房総」でもなく「南総」の語を選択したもので、この作品での「南総」は「ただ上総にのみ限るにあらず」と説明している^[18]。

しかし『南総里見八犬伝』は明治以降にまで至る大ブームとなり、里見氏と「南総」は密接に結びつくこととなった。里見氏は「南総里見氏」とも呼ばれる^[19]ようになり、里見氏が本拠とした館山市・南房総市周辺の安房地域も「南総」の語と結びつけられるようにもなった。

現在安房地域における「南総」の用例として、高速バスの「南総里見号」（千葉市～館山市・南房総市白浜）や、館山市で開催される「南総里見まつり」^[20][21]などがある。

現在の通称地名としての「南総」

現在通称地名としての「南総」は単に「千葉県南部」や「南房総」とほぼ同義に用いられ、旧安房の領域や、場合によっては旧下総の領域を含むこともある。

南総海岸

近代、交通機関の発展とともに、房総半島は保養地や海水浴場として知られていくことになる^[22]。「南総」の海岸は総じて「南総海岸」と呼ばれた。内房（東京湾側）の八幡浦の海水浴場が「南総海岸」と称される例もあるが^[23]、明治後期に房総鉄道（現在の外房線）の開通によって夷隅郡・長生郡などの外房（太平洋側）へのアクセスが容易になり、「南総」の語のイメージはそうした海岸部の観光地と結びつけられることとなる。

たとえば「南総海岸避暑寒案内双六」（1909年、図按者・大岩京輔、発行人・海寳堂蔵野四郎）は、両国駅を出発し、一宮・太東岬・長者町・大原・勝浦・小湊といった地域をめぐるものである^[24]（小湊は安房国の領域）。旅館等もその所在地を「南総大原」^[25]、「南総御宿」^[26]、「南総興津」^[27]などと称して広告した。絵葉書も外房の観光地に「南総」と冠したキャプションを付している^[28]。

現代の用例

各組織における「南総支部」「南総地区」の範囲

• 千葉県宅地建物取引業協会の「南総支部」は、袖ヶ浦市、木更津市、君津市、富津市、鋸南町、南房総市、館山市、鴨川市、勝浦市、御宿町、いすみ市、大多喜町の9市3町の地域を範囲とする^[29]。なお、市原市は「市原支部」、一宮町以北・芝山町以南の外房側地域は「九十九里支部」となっている。
• 日本労働組合総連合会千葉県連合会（連合千葉）の「南総地域協議会」は、館山市、南房総市、鴨川市、鋸南町、君津市、木更津市、富津市、袖ケ浦市を範囲とする^[30]。なお、市原市は千葉市などとともに「中央地域協議会」に含まれ、勝浦市以北・芝山町以南の外房側地域は「外房地域協議会」に含まれる。
• 千葉県スポーツ少年団には「北西支部」「北東支部」とともに「南総支部」が置かれている^[31]
• 千葉県柔道連盟に所属する「南総地区柔道会」は、勝浦市や茂原市を管轄する^[32]。なお、館山市や南房総市などを管轄するのは「安房地区柔道会」であり^[33]、ほかに「君津地区」「夷隅地区」などが置かれている。

「南総」を冠する施設・企業名など

（後述する市原市南総地区に関連するものを除く）

• 南総学園高等学校：鴨川市にある鴨川令徳高等学校の旧名称
• 南総カントリークラブ：千葉県市原市上高根（市原市南総地区）にあるゴルフ場
• 南総軒：千葉県鴨川市の弁当店（駅弁製造業者）
• 南総広域農道：千葉県いすみ市と茂原市を結ぶ農道
• 南総サンヴェルプラザ：茂原駅前にある商業施設。南総通運が運営する。
• 南総食肉衛生検査所：茂原市にある千葉県の機関^[34]
• 南総食肉センター：長生郡睦沢村にある、県南畜産処理事業協同組合の施設
• 南総通運：千葉県東金市に本社を置く通運会社
• 南総鉄道：かつて茂原駅から伸びていた鉄道
• 千葉県南総文化ホール：千葉県館山市にあるホール

南総地区（市原市）

→「南総町」および「南総地区」も参照

昭和の大合併で誕生し、のちに市原市に統合された南総町に由来する地区名。

• 市原市役所南総支所
• 市原市立南総中学校
• 千葉県道148号南総一宮線 - 旧南総町域（市原市平蔵）と長生郡一宮町を結ぶ千葉県道
• 南総運動広場（市原市奉免）^[35]
• 南総地区社会福祉協議会^[36]

その他

• 茨城県南西部（県南・県西地域）の一部はかつての下総国であり、茨城県では「下総地域」という地域名称も用いられる^{[注釈 2]}。この茨城県の下総地域の南部にあたる坂東市には「茨城南総土地改良区」がある^{[38][注釈 3]}。

脚注

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注釈

1. ^ 明治4年（1871年）に宮谷県権知事を務め、同年末の府県統合により木更津県権知事に任じられ、明治6年（1873年）に印旛県権県令を兼任し、同年木更津・印旛両県が合併して千葉県が発足すると初代県令となった。
2. ^ たとえば茨城陸上競技協会は、この地域の競技会として「下総記録会」を開催している^[37]。
3. ^ 同様に猿島郡境町には「西総土地改良区」が置かれている^[39]。

出典

1. ^ ^{a b} “南総”. 精選版 日本国語大辞典. 2021年9月13日閲覧。
2. ^ ^{a b} “南総”. デジタル大辞泉. 2021年9月13日閲覧。
3. ^ 『御国分武鑑』, 9/31コマ.
4. ^ 『御国分武鑑』, 10/31コマ.
5. ^ “州”. デジタル大辞泉. 2021年9月13日閲覧。
6. ^ ^{a b} 『地誌略 巻二』, 9/68コマ.
7. ^ “総州”. 精選版 日本国語大辞典. 2021年9月13日閲覧。
8. ^ “総州”. デジタル大辞泉. 2021年9月13日閲覧。
9. ^ 『御国分武鑑』, 9-10/31コマ.
10. ^ 保柳睦美 1967, p. 3.
11. ^ “1706夜 『政談』 荻生徂徠”. 松岡正剛の千夜千冊. 2023年9月8日閲覧。
12. ^ “房州”. 精選版 日本国語大辞典. 2021年9月13日閲覧。
13. ^ “房総”. 精選版 日本国語大辞典. 2021年9月13日閲覧。
14. ^ “南総郡郷考. 上,下巻 / 鳥海酔車 著”. 早稲田大学図書館 古典籍データベース. 2023年9月8日閲覧。
15. ^ “房陽郡郷考 / 湛斎酔車 輯”. 早稲田大学図書館 古典籍データベース. 2023年9月8日閲覧。
16. ^ 柴原和 1875, 29/41コマ.
17. ^ “23.『南総里見八犬伝』と房総里見氏の城跡”. 千葉県教育委員会. 2023年9月8日閲覧。
18. ^ 『南総里見八犬伝』第九輯巻之十三之十四「南総里見八犬伝第九輯下帙之上附言」
19. ^ “岡本城址（里見公園）”. 南房総いいとこどり. 南房総市. 2017年10月30日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年9月8日閲覧。
20. ^ “南総里見まつり”. 南房総いいとこどり. 南房総市. 2023年9月8日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年9月8日閲覧。
21. ^ “「なぜ城まつりは南総里見まつりとよばれるようになったの？」”. 南房総花海街道. 館山市経済観光部観光みなと課. 2023年9月8日閲覧。
22. ^ “平成30年度企画展「明治150年記念展示房総へいらっしゃいー千葉の観光のあゆみー」”. 千葉県文書館. 2023年9月13日閲覧。
23. ^ 小山田清 1918, p. 45.
24. ^ “南総海岸避暑寒案内双六　図按者・大岩京輔/発行人・海寳堂蔵野四郎治　明治42年”. 古書 古群洞. 2023年9月13日閲覧。
25. ^ 小山田清 1918, p. 19.
26. ^ 大野新助 1912, 10/50コマ.
27. ^ 小山田清 1918, p. 41.
28. ^ 一例として、“南総勝浦海岸ヨリ恵美須台ヲ望ム”. 船橋市デジタルミュージアム（ADEAC）. 2023年9月13日閲覧。
29. ^ “一般社団法人千葉県宅地建物取引業協会南総支部”. 一般社団法人千葉県宅地建物取引業協会南総支部. 2023年9月8日閲覧。
30. ^ “地域協議会”. 連合千葉（日本労働組合総連合会 千葉県連合会）. 2023年9月8日閲覧。
31. ^ “千葉県スポーツ少年団 バレーボール専門部”. 千葉県スポーツ少年団. 2023年9月8日閲覧。
32. ^ “南総地区柔道会”. 千葉県柔道連盟. 2023年9月8日閲覧。
33. ^ “安房地区柔道会”. 千葉県柔道連盟. 2023年9月8日閲覧。
34. ^ “南総食肉衛生検査所”. 千葉県. 2023年9月8日閲覧。
35. ^ “南総運動広場”. 市原市. 2023年9月8日閲覧。
36. ^ “南総地区社会福祉協議会”. 市原市社会福祉協議会. 2023年9月8日閲覧。
37. ^ “茨城県陸上競技 下総記録会”. 茨城陸上競技協会. 2023年9月16日閲覧。
38. ^ “茨城南総土地改良区”. mapion. 2023年9月16日閲覧。
39. ^ “西総土地改良区事務所”. mapion. 2023年9月16日閲覧。

参考文献

• 高見沢茂『地誌略 巻二 東海道十五国 東山道十三国』。NDLJP:762275。 
• 『御国分武鑑』出雲路文次郎・須原屋平左衛門、1868年。NDLJP:779170。 
• 柴原和『県治方向』千葉県、1875年。NDLJP:784597。 
• 大野新助『関西地方遊覧案内』1912年。NDLJP:765516。 
• 小山田清『房総静養地案内』東洋旅行案内社、1918年。NDLJP:958386。 
• 保柳睦美「伊能忠敬の伝記類と業績の評価」『地学雑誌』第76巻第1号、東京地学協会、1967年、1-21頁、CRID 1390001204229500544、doi:10.5026/jgeography.76.1、ISSN 0022135X、NDLJP:958386。 

関連項目

• 北総
• 東総
• 南房総市
• 「南総」で始まるページの一覧
• タイトルに「南総」を含むページの一覧

外部リンク

• 精選版 日本国語大辞典 ほか『南総』 - コトバンク