出羽三山講
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/02/21 10:06 UTC 版)
出羽三山に登拝する講集団のことを出羽三山講や三山講(さんやまこう)と言う。八日講と称する講もあり、湯殿山の開山日が8日であるためとも、湯殿山のお歳夜(神様の年越し)が12月8日であるためともいわれる。なお、秋田県内にも八日講があるが、これは八日大神とも呼ばれる唐松様信仰の講である。 新潟県内では上方とは逆に向かうため「おしも講」と呼ばれ、岩手県内では最上講といい鳥海山にも登拝する。千葉県内では奥州講とも呼ばれる。講中による登拝の記念に三山塚を築き、供養塔を造立した。 講は特定の宿坊との師檀関係にあり、宿坊は檀那場や霞と呼ばれる担当地域が定められていた。明治になると赤心報国教会(翌年に敬愛教社と改称)が檀那場の権利を保障するようになるが、のちに神社が檀那場の権利を授与するように改められた。 千葉県では天道念仏と出羽三山信仰の習合がみられ、白衣を着た出羽三山講の行者が鉦と太鼓を鳴らしながら念仏を唱え、梵天(大型の御幣)を立てたヤグラの回りを踊る。終了後に梵天を三山塚に納めることもある。梵天は湯殿山信仰の象徴であり、神の依り代、行人の身代りとしての意味を持つ。
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