円谷家の経営
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/18 19:50 UTC 版)
1992年、TBSへ期限付きで譲渡していた「ウルトラシリーズ」の販売権や窓口権が戻ってくると、これらの権利を担保に得た資金で、円谷プロダクションの株式を円谷皐が15%、円谷皐が設立した円谷エンタープライズが45.5%を取得して東宝との資本関係を解消。円谷皐が株の過半数を握るオーナー社長として円谷プロダクションを運営していた。 1995年6月11日、円谷皐が病気により、退任して円谷一夫が4代目社長に就任。円谷皐が死去したため、円谷プロダクションの株は円谷一夫に相続された。 2001年、特撮テレビシリーズの本格的再開により、制作費は増加してしまった。しかし、その一方で大ヒットに恵まれなかったことと東宝からの離反に伴い、かつての後ろ盾であった三和銀行が抜けたため、経営基盤が弱体化してTBSとの関係が悪化してしまう。 2002年2月、円谷プロダクションを退社していた円谷粲が再入社して副社長に就任。 2003年、円谷一夫が辞任して円谷昌弘が5代目社長、円谷一夫が代表権を持つ会長、円谷英明が専務に就任。一方で専務取締役の高野宏一は、この過程でバンダイの乗っ取りに加担するクーデターを計画したとして、辞表を出すように要求され退社する事態となった。 2004年6月、円谷昌弘が女性社員へのセクハラ問題で辞任して円谷英明が6代目社長に就任。経理の正常化を目指した円谷英明も1年後に役員会で解任動議が出されて、過半数の株を持つ会長の円谷一夫の同意により、解任されて東宝不動産の取締役だった大山茂樹が7代目社長に就任。 2007年2月、期決算で売上高約56億円に対して当期純利益は約4400万円に止まった。累積赤字の膨張による倒産を危惧した役員は、円谷一夫から制作部の円谷昌弘への社長交代を要求。6月、取締役会で大幅なリストラを主張していた大山の解任により、円谷一夫が8代目社長に就任。
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