中央財閥と地方財閥
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/08 22:19 UTC 版)
東京、横浜、大阪、神戸の四都市に本社をおく財閥を中央財閥、その他を地方財閥と定義されるが、全国的規模の企業活動を行っていた財閥を中央財閥、各地域に限定された企業活動を行っていた財閥を地方財閥と分類することもできる。また大阪・神戸周辺には中央財閥だけでなく中堅・零細の財閥も多数集中していた。これらを阪神財閥と総称する。財閥形成の過程として、片倉財閥のように製糸業に注力するなど、一つの事業に集中して投資し、芋づる式に発展する場合が多い。また、在日中国人の呉錦堂財閥や、大地主の小曽根喜一郎が創設した後その長男小曽根貞松が継いだ小曽根財閥 (日本毛織・阪神電鉄・オリエンタルホテル等への資本参加・経営参加) のように、中心的な生産事業を保有せず、統轄司令部としての持株会社が、様々な企業に投資することで財閥を形成する多角的投資財閥がある。江戸時代の日本最大の豪商、鴻池財閥は、家業以外への進出を禁じた家憲によって、金融業から他の事業へ営業分野の拡大は図らなかったが、明治期以降は同家の名声を欲する財界の要請で、鴻池家が様々な企業の発起人となり、大株主として君臨したことから、投資財閥の性格をもっていたとも言える。 財閥解体には繋がらなかった場合も多く、存続企業としては松坂屋、旧東海銀行( → UFJ銀行 → 三菱UFJ銀行)(ともに伊藤財閥)、キッコーマン(茂木財閥)、栗林商船(栗林財閥)などがある。
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