不定期航空路線事業
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/01/05 07:30 UTC 版)
第一航空は不定期航空事業の経験がなかったが、経営破綻した旧エアードルフィンの一部スタッフが同社に企画書を持ち込み社長に直談判した結果、実現したというエピソードがある。沖縄事業所が扱う航空路線の予約・案内等は同事業所のみで扱っている。 2008年11月27日、従来琉球エアーコミューター (RAC) が運航しており一時運休が検討されていた那覇 - 粟国線を継承することを発表し、2009年6月19日より運航を開始した。 2008年12月16日には、従来航空路線のなかった徳之島 - 沖永良部島 - 那覇線の新設も発表され、2009年6月20日に1日1往復(のち2往復に増便)の就航を開始した。航空機は9人乗りのブリテン・ノーマン アイランダーを2機使用する。 2009年にRACが撤退した後にエアードルフィンがチャーター便を就航させたものの2008年に同社が経営破綻し、運休状態となっている石垣 - 波照間線の運航について竹富町より要請を受け、就航を検討してるとの報道がなされたが、同社の既設路線の実績が思わしくないことに加え、波照間海運がフェリーの運航日を増やしたり新型の双胴高速船を投入し就航率を引き上げたこともあり[要出典]この時は具体化しなかった。 2013年10月には同じく運休となっている石垣 - 多良間線とともに、就航を検討するため地元自治体との協議会が発足した。
※この「不定期航空路線事業」の解説は、「第一航空」の解説の一部です。
「不定期航空路線事業」を含む「第一航空」の記事については、「第一航空」の概要を参照ください。
- 不定期航空路線事業のページへのリンク