リヒテルのソフィア・ライブとは? わかりやすく解説

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リヒテルのソフィア・ライブ(原典版の復活)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/31 04:59 UTC 版)

展覧会の絵」の記事における「リヒテルのソフィア・ライブ(原典版復活)」の解説

ラヴェル編曲オーケストラ版人気に伴い原曲ピアノ曲)の方も、少しずつ演奏されるようになってきた。しかし難曲であったため、これを弾けるのは「ヴィルトゥオーゾの証明のような扱いなりかけていて、むしろ管弦楽版原曲あるかのような扱いでもあった。また1931年ラム校訂版出版されてからも、演奏されることはあってもリムスキー=コルサコフ版だった。そうした中、ロシアのピアニストリヒテルレコード新しい扉を開く。1958年のことである。 当時アメリカソ連現在のロシア)の対立激化し東西冷戦真っ最中である。ロシアのピアニストたちは高い評価得ていたが、そのレコード演奏西側諸国聴け機会はなかなかなく、リヒテルも幻のピアニストと言われていた。そのリヒテルソフィア(ブルガリア)でのコンサート録音レコードとして発売された。曲目中に展覧会の絵』があった。西側諸国ではまだほとんど聴くことができなかった、原典版忠実な演奏であったリヒテルすさまじいばかりの演奏技術衝撃的で、これが原典版メジャーになるきっかけと言って良い。 現在、入手可能なCDレコード整理すると、この1958年を境にして、『展覧会の絵』のピアノ曲録音が、リムスキー=コルサコフ版から原典版へとがらりと切り替わるのがよくわかる。原典版は、ラヴェル編曲版とは違いロシア臭が強く強烈な個性がある。無論演奏するには難曲であることに変わりはないが、ラヴェル版ピアノ編曲のようになりがちであったピアノ原曲が、ラヴェル版にはない魅力持ったものになった。そして、ラヴェル版負けず劣らぬ人気の曲になった。 なお、リヒテル当人ラヴェル版に関しては「私はあの編曲嫌いだ」「ムソルグスキー音楽理解していない」と評しており、たいへんに批判的であった

※この「リヒテルのソフィア・ライブ(原典版の復活)」の解説は、「展覧会の絵」の解説の一部です。
「リヒテルのソフィア・ライブ(原典版の復活)」を含む「展覧会の絵」の記事については、「展覧会の絵」の概要を参照ください。

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