リバタリアンに対するランドの見解
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/12/20 05:30 UTC 版)
「オブジェクティビズムとリバタリアニズム」の記事における「リバタリアンに対するランドの見解」の解説
ランドはリバタリアニズムを、現代リベラリズムや保守主義以上に自由と資本主義を脅かす思想として糾弾した。ランドの見解では、オブジェクティビズムが統一的な哲学体系であるのに対し、リバタリアニズムは、公共政策の問題に関心を限定した政治哲学に過ぎなかった。たとえば、オブジェクティビズムでは形而上学、認識論、倫理学においてどのような立場を取るかが論じられる。他方リバタリアニズムでは、こうした問題は検討されない。形而上学、認識論、倫理学において自らの立場を確立することは、政治問題で自らの主張を訴える上で必須の方法的前提であり、それなしに成功は不可能であるとランドは信じた。ランドはリバタリアニズム運動とのいかなる連携も拒否した。他の多くのオブジェクティビストも同様であった。 リバタリアンについて、ランドは次のように発言している。 彼らは資本主義の擁護者ではありません。目立ちたがり屋(publicity seekers)の集まりなんです。〔……〕ほとんどが私の敵です。〔……〕リバタリアンが書いたものを読んでみたこともありました。どれも私のアイデアを、私の名前も出すこともなく、悪質に改竄したものばかりでした。私のアイデアから、歯を抜き去ったようなものばかりでした。 1981年のインタビューで、ランドはリバタリアンを「自分たちの目的にかなう時だけ私のアイデアを剽窃する、悪辣で反吐が出るような連中」と評している。 1976年にリバタリアン党について聞かれたランドは、次のように答えている。 今の世界が抱える問題は、哲学的なんです。正しい哲学だけが、私たちを救うんです。でもこの党は、私のアイデアの一部だけを剽窃して、私と正反対の、信心家だとか、無政府主義者だとか、とにかく見つかる限りの変人インテリ、クズインテリのアイデアと混ぜ合わせて、リバタリアンを名乗って、それで選挙に打って出たような連中なんです。
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