リオオリンピック以降
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/05/07 09:12 UTC 版)
左膝の怪我などに苦しみ、満足に走れない日々が続く。再起を期して、2017年2月26日の東京マラソン2017(世界陸上ロンドン大会選考レース)へ自身同大会通算8回目の出走に。序盤から日本最高記録を上回るハイペースの先頭集団についていかず自重したが、15Km付近を過ぎた後で早々とペースダウン、結局20Km地点を超えた所で途中棄権に終わった。同年4月16日開催のかすみがうらマラソン(兼国際盲人マラソン)へゲストランナーとして招待され、当初フルの部に出場予定だったが、同マラソン前日の前夜祭で藤原曰く「明日は半分まで走り、中間地点で皆さんを応援します」との事で、結局ゴール完走はしなかった。 2017年10月29日開催の第3回富山マラソン(男子の部)では降雨の悪条件ながらも、藤原自身の持つ大会記録を33秒更新する2大会ぶり2度目(自身のマラソンでは通算5回目)の優勝を果たした。それから4週間後、同年11月26日のつくばマラソン(男子の部)でも2時間18分台ながら当大会初優勝・自身マラソン通算6回目の優勝と成る。12月17日開催の防府読売マラソンへ2年振りにエントリーしていたが、故障再発により欠場を表明。 2018年9月、アキレス(MEDIFOAM)と「開発アドバイザリー」として契約。
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