モレー・ハ・ネボヒームとは? わかりやすく解説

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モレー・ハ・ネボヒーム

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/04/10 18:53 UTC 版)

ヘーレム」の記事における「モレー・ハ・ネボヒーム」の解説

ラムバムその生涯において多く著書公表したのだが、それらは大きな賞賛迎えられる反面各方面さまざまな物議かもした。とくに容赦のない反論浴びたのが『モレー・ハ・ネボヒーム』で、哲学的な問題中心とした同書では伝統的なユダヤ思想ギリシア哲学の用語で解説しており、これを「奴隷化」として反論者により糾弾されのである同書まつわるヘーレムがらみの論争起きたのは1232年南フランスモンペリエで、これは同書公表されてから40年経った後のことである。論争発端はシュロモー・ミン・ハ・ハル、およびその他2名の北フランス賢者らが、同書におけるアレゴリー満ちたトーラーモーセ五書)への注釈、および難透難解な論考対す不快感公然と訴えたことにある。北フランス賢者らはこの訴えだけに満足することなくついには同書ヘーレム禁書)を科し続いて『ミシュナー・セフェル・ハ・マダア』もヘーレム処したさらには南フランスとスペインユダヤ人共同体に対してヘーレム科すべく請願した一方モンペリエ賢者ラムバム支持者らは、これらの措置対抗するかたちでシュロモー・ミン・ハ・ハルと彼の弟子に対してヘーレム宣告した同書対す敵意キリスト教界隈からも起こり、翌1233年には複数ラムバム著書と共に焚書処されている。

※この「モレー・ハ・ネボヒーム」の解説は、「ヘーレム」の解説の一部です。
「モレー・ハ・ネボヒーム」を含む「ヘーレム」の記事については、「ヘーレム」の概要を参照ください。

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