ミロスラバ・レスコバとは? わかりやすく解説

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ミロスラバ・レスコバ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/08/30 09:28 UTC 版)

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獲得メダル

ミロスラバ・レスコバ
チェコスロバキア
陸上競技
オリンピック
1968 メキシコ 女子 走高跳
ヨーロッパ陸上選手権
1969 アテネ 女子 走高跳

ミロスラバ・レスコバ(Miloslava Rezková、1950年7月22日 - 2014年10月19日)は、チェコスロバキアの陸上競技選手。1968年メキシコシティーオリンピックの金メダリストである。プラハ出身。

経歴

レスコバは、子供のころにはバレエとリズム体操を行っており、運動神経に優れていた。学校に通っていたとき、クラスメートが陸上の走高跳の試合に出場するはずだったが、そのクラスメートが病気のため出場できなくなり、代役として出場した試合でレスコバは優勝してしまう。13歳のときのレスコバの走高跳のベスト記録は1m33であった。

レスコバは、1968年に大きく注目されることとなる。この年の初めまで自己ベストは1m66であったが、室内のシーズンのころには1m70まで自己ベストを伸ばすと、同年のチェコスロバキア選手権を1m82の好記録で優勝し、メキシコオリンピックへの出場を果たす。メキシコでは、競技の合間にユーモア小説を読みリラックスしながら、1m82で金メダルを獲得した。

翌年のアテネで開催されたヨーロッパ選手権でも優勝したが、これ以後レスコバが表彰台に上る活躍をすることはなくなる。1971年のヨーロッパ選手権は5位、1972年ミュンヘンオリンピックは15位、1974年のヨーロッパ選手権でも5位であった。1977年にソ連タリンエストニア)の大会に出場したのを最後に現役を引退した。

レスコバの身長は1m69で、走高跳の選手としては非常に小柄な選手であった。また、非常に視力が弱いというハンディキャップを負っていた。レスコバは、ジャンプの度にメガネをはずさなければならず、彼女の目にはバーはいつもかすんで見えていたという。

自己ベスト

  • 走高跳 - 1m87 (1974年)

主な実績

大会 場所 種目 結果 記録
1968 オリンピック メキシコシティ(メキシコ) 走高跳 1位 1 m82
1969 ヨーロッパ陸上選手権 アテネ(ギリシャ) 走高跳 1位 1 m83
1971 ヨーロッパ陸上選手権 ヘルシンキ(フィンランド) 走高跳 5位 1 m83
1972 オリンピック ミュンヘン(西ドイツ) 走高跳 15位 1 m82
1974 ヨーロッパ陸上選手権 ローマ(イタリア) 走高跳 5位 1 m86

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