マランツ・カンパニー
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インダストリアルデザイナーで電気技術者のソウル・バーナード・マランツが、1951年に友人のスタジオエンジニアからの依頼でプリアンプを製作。評判が良かったため妻と共に自宅で生産を開始。しかし400台もの受注を抱えたため1953年、「マランツ・カンパニー」を設立し事業化する。 初めての製品「Audio Consolette」は、当時乱立していた各社が提唱するフォノイコライザー特性を容易に切り替えられる他、テープモニタースイッチなども備えた多機能なプリアンプで、新たに制定されたフォノイコライザー特性RIAAカーブに対応した際に「model 1」と改称する。以降パワーアンプを主に担当するシドニー・スミス、FMチューナーを主に担当するリチャード・セクエラらのエンジニアを迎え、多くのハイエンド製品を送り出す。 特に1950年代末期に発売されたプリアンプの「model 7(7C)」、パワーアンプ「model 9」の2機種は日本でも特に有名で、その先進的な設計と美しいデザインは、真空管全盛時代のオーディオアンプを語る上で欠かすことの出来ない存在となっている。 しかしセクエラを中心としたFMチューナーの開発は一切の妥協を許さない姿勢から遅れに遅れ、発表から2年あまりを経て「model 10B」としてようやく生産を開始した1964年にはマランツ・カンパニーの資金が底を付いてしまい、ソウル・バーナード・マランツは今後25年間オーディオ機器関連の仕事をしない条件などと共にマランツ・カンパニーをスーパースコープ社へ売却した。
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