マイケル・ブラッドリー (サッカー選手)とは? わかりやすく解説

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マイケル・ブラッドリー (サッカー選手)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/12/18 14:13 UTC 版)

マイケル・ブラッドリー
名前
ラテン文字 Michael Bradley
基本情報
国籍 アメリカ合衆国
生年月日 (1987-07-31) 1987年7月31日(37歳)
出身地 プリンストン
身長 185cm[1]
体重 80kg
選手情報
ポジション MF
利き足 右足
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2004-2005 メトロスターズ 30 (1)
2005-2008 ヘーレンフェーン 63 (18)
2008-2011 ボルシアMG 76 (10)
2011 アストン・ヴィラ(Loan) 3 (0)
2011-2012 キエーヴォ 35 (1)
2012-2014 ローマ 41 (2)
2014-2023 トロント 258 (16)
通算 498 (45)
代表歴
2002-2004 アメリカ合衆国U-17 6 (0)
2004 アメリカ合衆国U-18 1 (0)
2004-2007 アメリカ合衆国U-20 8 (1)
2008 アメリカ合衆国U-23 4 (0)
2006-2019 アメリカ合衆国 151 (17)
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

マイケル・ブラッドリー(Michael Bradley, 1987年7月31日 - )は、アメリカ合衆国ニュージャージー州プリンストン出身の元サッカー選手。元アメリカ代表。現役時代のポジションはMF。父は元サッカー選手・指導者のボブ・ブラッドリー

クラブ

初期の経歴

ニュージャージー州プリンストンに生まれたが、サッカー指導者である父親がシカゴ・ファイアーの監督を務めていた間はイリノイ州・パラタインで過ごした。シカゴ・ソッカーズFCでプレーし、2002年の全国選手権では3位入賞した。2002年秋から2004年春までの4シーズンはU-17アメリカ代表の研修プログラムに参加した。

メトロスターズ

2004年のMLSドラフトで、実父のボブ・ブラッドリーが率いるメトロスターズに全体13位で指名された。デビューシーズンは足の負傷により全く試合に出場することができなかったが、2005年にレギュラーポジションを獲得し、32試合中30試合に出場した。シーズン終盤にはB・ブラッドリー監督が解任されたが、最終節となった1週間後のチーヴァス・USA戦でプロ初得点となるヘディングシュートを決め、チームをプレーオフに導いた。

ヘーレンフェーン

2006年1月30日、オランダSCヘーレンフェーンに移籍した。4月16日のAZアルクマール戦で初めて先発出場すると、それからは先発出場の機会が増え、UEFAカップ出場権獲得に貢献した。2006-07シーズン終了後にMFポール・ボスフェルトが引退してからは、彼の定位置であったセントラル・ミッドフィールドのポジションに定着した。2007-08シーズンはリーグ戦での16得点(リーグ5位タイ)を含めてすべての大会で20得点を挙げ、ブライアン・マクブライドイングランドフラム時代に達成した記録を破り、アメリカ人選手がヨーロッパのトップリーグで記録した1シーズンの最多得点記録を破った。

ボルシアMG

2008年8月31日、ドイツボルシア・メンヒェングラートバッハと4年契約を結んだ[2]。移籍金は公開されていない。イングランドバーミンガム・シティに移籍する予定だったが、バーミンガム・シティがFLチャンピオンシップ(2部)に降格したために取りやめられたことが後に明らかにされた[3]。9月20日のヘルタ・ベルリン戦でブンデスリーガデビューし、11月15日のバイエルン・ミュンヘン戦で80分にヘディングで移籍後初得点となる同点弾を決めた。

2009-10シーズン序盤にはミヒャエル・フロンツェック監督と口論になってしばらくの間メンバーから外されたが、その後ふたりは和解し、ブラッドリーは再びスタメンで出場した。バイエルン戦ではワンタッチボレーのパスで得点をアシストし、さらにハノーファー96戦では低い弾道の直接フリーキックで決勝点を挙げた。

アストン・ヴィラへのレンタル移籍

2011年1月30日、イングランドアストン・ヴィラにシーズン終了までの契約でレンタル移籍した[4][5]。しかし、ヴィラでは出場機会に恵まれず3試合の出場に留まった。5月12日にレンタル期限満了でボルシアMGに復帰。

キエーヴォ・ヴェローナ

2011年8月30日、イタリアACキエーヴォ・ヴェローナへ移籍[6]。キエーヴォでは3センターハーフの一角として攻守にわたって活躍し、1部残留に貢献した。

ASローマ

2012年7月15日、ASローマに4年契約で移籍が決定[7]。4年契約で移籍金は375万ユーロ。

トロントFC

2014年1月9日、出場機会を求めてトロントFCに移籍し、8年ぶりにMLSに復帰した[8]。移籍金は1,000万ドル。

2023年10月17日、現役引退を表明した[9]

代表

2006年、FIFAワールドカップ・ドイツ大会に向けてノースカロライナ州・カリーで行われたアメリカ代表のトレーニングキャンプに参加した。5月26日のベネズエラ戦で途中出場して代表初キャップを刻み、そのすぐ後のラトビア戦で2キャップ目を刻んだが、本大会出場メンバーからは外れた。2006年末には実父のボブがアメリカ代表監督に就任し、マイケルはそのチームの中で重要な選手としての地位を確立した。2007年5月28日のグアテマラとの親善試合で初めて先発出場した。CONCACAFゴールドカップではレギュラーとして出場し、準決勝のカナダ戦ではレイトタックルで退場処分を受けたが、それまでの活躍でアメリカ代表を優勝に導いた。FIFA U-20ワールドカップではすべての試合に出場し、ベスト16のウルグアイ戦では107分に決勝点を決めた[10]。2007年10月17日のスイスとの親善試合でアメリカA代表としての初得点を記録した。これらの活躍で、2007年のアメリカ最優秀若手アスリートに選ばれた[11]オハイオ州コロンバスで行われた2010 FIFAワールドカップ・北中米カリブ海予選メキシコ戦ではひとりで2得点を挙げ、最大のライバル相手に2-0で快勝した[12]

2009年に出場したFIFAコンフェデレーションズカップ2009では、グループリーグのエジプト戦でMFランドン・ドノバンからのパスを受けて63分に得点し、エジプトを3-0で破って準決勝に進出した[13]。準決勝のスペイン戦では優勝候補を2-0で破る金星を挙げたが、自身はレッドカードにより退場処分を受けた。2-3で敗れた決勝のブラジル戦には出場できず[14]、また同年のCONCACAFゴールドカップで3試合の出場停止を消化する必要があった[15]

2010年にはFIFAワールドカップ・南アフリカ大会に出場し、6月18日のスロベニア戦(2-2)で代表8得点目を決めた[16]。8月10日のブラジル戦では初めて代表キャプテンを務めた。

2014年にはFIFAワールドカップ・ブラジル大会に出場した。

個人成績

クラブでの出場記録

クラブ成績 リーグ カップ リーグ杯 国際大会 通算
シーズン クラブ リーグ 出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
アメリカ リーグ USオープン杯 リーグ杯 北中米カリブ海 通算
2004 メトロスターズ MLS 0 0 0 0 0 0
2005 30 1 0 0 30 1
オランダ リーグ KNVB杯 リーグ杯 ヨーロッパ 通算
2005–06 ヘーレンフェーン エールディヴィジ 6 0 0 0 6 0
2006–07 21 0 0 0 4 0 25 0
2007–08 36 16 0 0 2 2 38 18
ドイツ リーグ DFBポカール リーグ杯 ヨーロッパ 通算
2008–09 ボルシアMG ブンデスリーガ 28 5 0 0 28 5
2009–10 29 2 2 0 31 2
2010–11 19 3 3 1 22 4
イングランド リーグ FAカップ FLカップ ヨーロッパ 通算
2011 アストン・ヴィラ プレミアリーグ 3 0 1 0 - - 4 0
イタリア リーグ イタリア杯 リーグ杯 ヨーロッパ 通算
2011-12 キエーヴォ・ヴェローナ セリエA 35 1 1 0 - - 36 1
2012-13 ASローマ 30 1 5 0 - - 35 1
2013-14 11 1 0 0 - - 11 1
カナダ リーグ カップ リーグ杯 北中米カリブ海 通算
2014 トロントFC MLS 25 2 2 1 - - 27 3
2015 25 5 2 0 - - 27 5
2016 24 1 0 0 - - 24 1
2017 30 0 3 0 - - 33 0
通算 アメリカ 30 1 0 0 0 0 0 0 30 1
オランダ 63 16 0 0 0 0 6 2 69 18
ドイツ 76 10 5 1 0 0 0 0 81 11
イングランド 3 0 1 0 0 0 0 0 4 0
イタリア 76 3 6 0 0 0 0 0 82 3
カナダ 104 8 7 1 0 0 0 0 111 9
総通算 352 38 19 2 0 0 6 2 377 43

代表歴

出場大会

試合数

  • 国際Aマッチ 151試合 17得点(2006年-2019年)[17]


アメリカ代表 国際Aマッチ
出場 得点
2006 2 0
2007 12 1
2008 11 2
2009 15 4
2010 10 1
2011 13 1
2012 9 2
2013 10 0
2014 9 1
2015 18 3
2016 17 0
2017 14 2
2018 2 0
2019 9 0
通算 151 17

得点

# 日時 場所 相手 スコア 結果 大会
1. 2007年10月7日 バーゼル スイス
0 – 1
0 – 1
親善試合
2. 2008年6月15日 カリフォルニア州,カーソン  バルバドス
2 – 0
8 – 0
2010 FIFAワールドカップ・北中米カリブ海予選
3. 2008年9月10日 イリノイ州,ブリッジヴュー  トリニダード・トバゴ
1 – 0
3 – 0
4. 2009年2月11日 オハイオ州,コロンバス  メキシコ
1 – 0
2 – 0
5.
2 – 0
6. 2009年6月21日 ルステンブルク  エジプト
0 – 2
0 – 3
FIFAコンフェデレーションズカップ2009
7. 2009年10月14日 ワシントンD.C.  コスタリカ
1 – 2
2 – 2
2010 FIFAワールドカップ・北中米カリブ海予選
8. 2010年6月18日 ヨハネスブルク  スロベニア
2 – 2
2 – 2
2010 FIFAワールドカップ
9. 2011年6月25日 カリフォルニア州パサデナ  メキシコ
1 – 0
2 – 4
2011 CONCACAFゴールドカップ
10. 2012年5月26日 フロリダ州ジャクソンビル  スコットランド
5 – 1
5 – 1
親善試合
11. 2012年11月14日 クラスノダール
1 – 1
2 – 2
12. 2014年4月2日 グレンデール  メキシコ
1 – 0
2 – 2
13. 2015年2月8日 カーソン  パナマ
1 – 0
2 – 0
14. 2015年7月13日 カンザスシティ
1 – 1
1 – 1
2015 CONCACAFゴールドカップ
15. 2015年7月22日 アトランタ  ジャマイカ
1 – 2
1 – 2
2015 CONCACAFゴールドカップ準決勝
16. 2017年3月24日 サンノゼ  ホンジュラス
2 – 0
6 – 0
2018 FIFAワールドカップ・北中米カリブ海予選
17. 2017年6月11日 メキシコシティ  メキシコ
0 – 1
1 – 1

タイトル

クラブ

トロントFC

代表

アメリカ代表

個人

脚注

  1. ^ https://www.mlssoccer.com/players/michael-bradley
  2. ^ Coerts, Stefan (2008年8月31日). “Bradley Heading For Gladbach”. Goal.com. 2011年2月6日閲覧。
  3. ^ Birmingham City miss out on two more targets”. birminghammail.net (2008年5月22日). 2011年1月30日閲覧。
  4. ^ Villa in talks with USA ace Bradley over loan moveアストン・ヴィラ公式サイト、2011年1月30日
  5. ^ アメリカ代表ブラッドリー、ヴィラ移籍が決定”. Goal.com (2011年2月1日). 2011年2月6日閲覧。
  6. ^ アメリカ代表MFがセリエAに挑戦Goal.com 2011年8月31日
  7. ^ ローマ、ブラッドリー獲得を正式発表Goal.com 2012年7月16日
  8. ^ ローマ、ブラッドリーのMLS移籍が決定Goal 2014年1月10日
  9. ^ https://www.mlssoccer.com/news/michael-bradley-toronto-fc-usmnt-legend-to-retire
  10. ^ Match Report: USA – Uruguay”. FIFA (2007年7月11日). 2011年2月6日閲覧。
  11. ^ U.S. Soccers All-Time Athlete of the Year Award Winners”. USSoccer.com. 2009年7月1日時点のオリジナルよりアーカイブ。2009年6月30日閲覧。
  12. ^ “U.S. continues domination of Mexico on Bradley's two goals”. AP. Columbus: Sports Illustrated. (2009年2月11日). オリジナルの2009年2月15日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20090215175554/http://sportsillustrated.cnn.com/2009/soccer/02/11/mexico.us.soccer.ap/index.html?eref=T1 2009年2月12日閲覧。 
  13. ^ “U.S. Advances to Semifinals of FIFA Confederations Cup”. USSoccer.com. (2009年6月21日). オリジナルの2009年6月24日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20090624004813/http://www.ussoccer.com/articles/viewArticle.jsp_14942214.html 2009年6月26日閲覧。 
  14. ^ “U.S. Men's National Team Advances to First-Ever Final in a FIFA Tournament with 2–0 Victory Against Spain in 2009 FIFA Confederations Cup”. USSoccer.com. (2009年6月24日). オリジナルの2009年6月28日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20090628074047/http://www.ussoccer.com/articles/viewArticle.jsp_14942230.html 2009年6月26日閲覧。 
  15. ^ Bradley suspended for three matches”. ESPN (2009年7月7日). 2011年1月30日閲覧。
  16. ^ Ornstein, David (2010年6月18日). “Slovenia 2–2 USA”. BBC Sport. http://news.bbc.co.uk/sport2/hi/football/world_cup_2010/matches/match_22/default.stm 2011年2月6日閲覧。 
  17. ^ マイケル・ブラッドリー - National-Football-Teams.com

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