フリーランスエンジニアとしてのレース界
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/16 16:32 UTC 版)
「宮坂宏」の記事における「フリーランスエンジニアとしてのレース界」の解説
1993年、レースエンジニア、技術コンサルタントとして独立する。以降レースチームとの委託業務契約によりチームの運営、技術監督、レースエンジニア、車両開発、人材育成にかかわる。1993年、星野一義のレースエンジニアを務める、全日本F3000選手権シリーズチャンピオン獲得。1994から1999年まで全日本GT選手権、全日本ツーリングカー選手権、フォーミュラニッポンの有力チームでレースエンジニアを務め、数々の好成績を残す。ドライバーはエリック・コマス、影山正美、影山政彦、脇坂寿一、近藤真彦他 1999から2002年はチーム郷のテクニカルディレクターとしてル・マン24時間レース、他海外の耐久レースに参戦する。2000年のル・マン24時間レース5位、2002年は7位となる。ドライバーは加藤寛樹、ジョニー・オコネル、ヤニック・ダルマス、荒聖治、他。 2001年、FIAスポーツカー選手権に童夢S101で参戦し、シリーズランキング2位。 2004から2006年はドナーゲレーシングチームからポルシェでスーパー耐久に参戦。 2004年はADVAN DENAG GT3でシリーズ2位、2005年はシリーズ全8戦で7戦優勝シリーズ1位、2006年シリーズはARTA DENAG GT3全7戦全勝でシリーズ1位、チームとしては前年第2戦より14連勝記録を作った。
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