ソロ活動 - AKIKO時代
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/04/09 00:35 UTC 版)
「佐藤あつし (コメディアン)」の記事における「ソロ活動 - AKIKO時代」の解説
その後はメンバー個々のTV出演、雑誌、ライブ活動に並行して行くが、1986年10月開始の萩本欽一が司会を務める番組『ドキド欽ちゃんスピリッツ』(TBSテレビ)にあつしが出演する頃にはメンバーが4人ほどまで減っており、グループとしての活動はここで終了となる。 元々芸人志望で、高校に行くより浅草のストリップ劇場で修行をしたいと考えていたあつしは、番組内で小柄ながらスピード感溢れるキレのある動きで人気者となる。当時忍者の中村亘利、正木慎也と番組内での少年隊のパロディコントでユニット『おめで隊』を結成(当時、浅井企画に所属していた)。1987年『悲しきエクササイズ』でレコードデビューも果たす。同年3月の打ち切りとともに解散。 1989年に、時代錯誤メンバーだった河田貴一、伊勢浩二(後のBOOMER)と3人でコントグループ『AKIKO』を結成(当時の芸名「なつあつし」)。お笑いブーム(お笑い第三世代)の最中、最後発組ながらコンテストやトーナメントで次々優勝を飾り、1991年に第6回NHK新人演芸大賞優秀賞を受賞。ブレイク寸前と注目され「第2のB21スペシャル」とも呼ばれるが、事務所のトラブルやメンバー間の軋轢などもあり、1992年春頃に解散。
※この「ソロ活動 - AKIKO時代」の解説は、「佐藤あつし (コメディアン)」の解説の一部です。
「ソロ活動 - AKIKO時代」を含む「佐藤あつし (コメディアン)」の記事については、「佐藤あつし (コメディアン)」の概要を参照ください。
- ソロ活動 - AKIKO時代のページへのリンク