コレヒドール攻略とは? わかりやすく解説

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コレヒドール攻略

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/10 03:51 UTC 版)

フィリピンの戦い (1941-1942年)」の記事における「コレヒドール攻略」の解説

バターン半島沖合いコレヒドール島スペイン統治時代からマニラ湾入口を守る要塞として整備されていた。アメリカワシントン海軍軍縮条約制限切れた1936年から補強工事再開し30センチカノン砲8門、30センチ榴弾砲12門、隣のフライレ島に配置され36センチ砲4門をはじめとする重砲群、巨大な地下室発電所電車まで備えた近代的要塞構築していた。守備兵力はアメリカ第4海兵連隊中心にバターン半島から移動してきた部隊など12,000であった4月14日バターン半島先端進出した重砲第1連隊24センチ榴弾砲砲撃開始した互いに越し重砲撃ち合う砲撃戦はしばらく続いたが、19日午後24センチ徹甲榴弾の1発が要塞弾薬庫命中し爆発起こした。これで砲撃戦決着はついた。 日本軍5月5日夜に上陸作戦実施し歩兵第61連隊の2個大隊戦車第7連隊一部コレヒドール島北東端に取り付いた。守る米比軍砲火激しく一部逆襲出たものの、日本軍橋頭堡確保した6日正午マッカーサー後任司令官に就いていたウェインライト中将3月22日昇進)が降伏申し入れた本間中将は、降伏フィリピン全土米比軍が伴わなければならない主張しウェインライト中将もこれを受諾した翌日までにコレヒドール島全軍降伏した

※この「コレヒドール攻略」の解説は、「フィリピンの戦い (1941-1942年)」の解説の一部です。
「コレヒドール攻略」を含む「フィリピンの戦い (1941-1942年)」の記事については、「フィリピンの戦い (1941-1942年)」の概要を参照ください。

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