クビライ裔説
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/07 00:11 UTC 版)
詳細は「マイダリ・バラ」を参照 本田実信、薄音湖、ブヤンデルゲルらが主張している。エルベク・ハーンの息子(あるいは弟)のハルグチュク・ホンタイジはクビライ家を称するダヤン・ハーンの先祖であり、ハルグチュクの肉親であるエルベク・ハーンもクビライ家の者とするのが正しい、というのが論拠である。また、『黄金史綱』/『蒙古源流』といったモンゴル年代記の主要なテーマはオイラトとモンゴルの対立であり、「オイラトに殺された」エルベク・ハーンはクビライ家の者とするのが合理的である、という意見もある。 近年、ブヤンデルゲルはエルベク・ハーンがビリクト・ハーン(昭宗アユルシリダラ)の息子で、一時明朝の捕虜になり、後に釈放されてモンゴル高原に帰還したマイダリ・バラと同一人物ではないかとする説を主張している。薄音湖が唱えているようにマイダリ・バラはウスハル・ハーン(天元帝トグス・テムル)に比定するのが一般的であるが、年齢から見るとトグス・テムルの一世代後のエルベク・ハーンとする方が合理的であり、また「マイダリ Maidari」と「エルベク・ニグレスクチ Elbeg nigülesügči」はともに「慈しみある者」を意味する名前という共通性がある。 エルベク・ハーン=マイダリ・バラとすると、エルベク・ハーンはアユルシリダラの息子でクビライ家の人物ということになる。『蒙古源流』などの伝える北元ハーンの系図はクビライ家とアリク・ブケ家のハーンが混ざっており信憑性の低いものであるが、エルベク・ハーン=マイダリ・バラと考えると、(1)ウハート・ハーン,(2)ビリクト・ハーン,(3)エルベク・ハーン,(4)ハルグチュク・ホンタイジ,(5)アジャイ・タイジ,(6)アクバルジ・ジノン,(7)ハルグチュク・タイジ,(8)ボルフ・ジノン,(9)ダヤン・ハーンと一本筋の通った系図を描くことができる。 また、ブヤンデルゲルはエルベク・ハーンを巡る一連の抗争を親アリクブケ家派のケレヌート(オゲチ・ハシハ、エセク)と親クビライ家派のチョロース(ゴーハイ太尉、バトラ丞相)の抗争と捉え、ゴーハイ太尉の擁立したエルベク・ハーン(クビライ家)の存在に不満を覚えたオゲチ・ハシハがエルベク・ハーンを殺害してアリクブケ家のクン・テムルを擁立したのだと解釈した。
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