ギリシャ本土
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/01 15:00 UTC 版)
ギリシャ本土中央部ではエウボイア島において最初のポリスが形成されたが、これはカルキス、エレトリアであった。この両ポリスは周辺のポリスを巻き込んでレラントス戦争を行ったが、これがギリシャ最初の国際的な陸戦であったと推測されている。また、アテナイ近郊のメガラも早い頃に形成されており、メガラは紀元前727年にシチリアにメガラ・ヒュウライアを、紀元前685年に黒海入り口にカルケドン、紀元前668年ごろにビザンティオン(現在のイスタンブール)らの殖民市を形成しており、紀元前7世紀にはテアゲネス(前640?–前620?)が僭主になり、アテナイの僭主を狙っていたキュロン(テアゲエスの娘婿)の支援を行っている。その後も、メガラはアテナイと抗争が続き、紀元前6世紀末、第一次神聖戦争(紀元前595年-紀元前585年)でアテナイが勝利するまで続けられた。その後、メガラは紀元前500年、スパルタの同盟国となった。また、アイギナ島のポリス、アイギナは商業ポリスとして繁栄しており、ギリシャにおいて初めて貨幣を発行したポリスであった。 キクラデス諸島ではナクソスが力をつけており、デロス島のアポロン神殿へも奉納を行い、アテナイのペイシストラトスが介入するまではナクソスがデロス島を支えており、介入の終了後、再びナクソスがキクラデス諸島における唯一の有力ポリスとして君臨し続けた。
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