ギリシア側の準備
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/10/23 06:13 UTC 版)
「アクラガス包囲戦」の記事における「ギリシア側の準備」の解説
シュラクサイとアクラガスは、ヘルモクラテスの戦死後、予想されるカルタゴの侵攻に対する準備を直ちに行った。シュラクサイはマグナ・グラエキアの諸都市、さらにはスパルタにも援助を求めた。一方、ダフナエウスという将軍がシュラクサイ軍の総指揮官に選ばれた。ヘルモクラテス軍の一員であったディオニシウスという士官もまた、指揮官に選ばれた。ギリシア側は傭兵を雇用したのに加え、カマリナ(現在のラグーザ県ヴィットーリアのスコグリッティ地区)、ゲラ(現在のジェーラ)、メッセネ(現在のメッシーナ)およびイタリア半島からも兵をシュラクサイに集結させたが、スパルタは援軍を送ることが出来なかった。アクラガスはスパルタ人の将軍デクシップスと重装歩兵1,500を雇用し、カンパニア人傭兵(第二次ヒメラの戦いではハンニバル・マゴに雇われていた)も雇用した。アクラガスの総兵力は10,000となった。シュラクサイは40隻の三段櫂船をエリュクス(現在のエリーチェ)派遣し、カルタゴ海軍の動きを見張った。
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