ウィルシャー通りのバス
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/01/20 04:03 UTC 版)
「ヒサエ・ヤマモト」の記事における「ウィルシャー通りのバス」の解説
若い日系二世の主人公エステルが、第二次大戦後のロサンゼルスのバスの中で経験した「重大な罪の意識」について描いている。エステルは乗り合わせた中国系と思われる老夫婦に同じアジア系としての親しみを覚えて微笑みかけるが、このとき、酔って大声を上げていた白人男性が夫婦にからみ、「中国に帰れ、苦力のように田んぼで働いたらいいんだ」と叫び、周囲に同意を求める。エステルは老夫婦を気の毒に思いながらも、窓の外を眺め、見て見ぬ振りをしてしまう。そしてそのような自分の態度に後ろめたさを感じたとき、ある記憶が戻ってくる。収容所からロサンゼルスに戻ったばかりの頃、電車を待っているアジア系の老人に同じように微笑みかけたが、老人は「私は韓国人です」と書かれたバッジを付けていて、裏切られたような気がして怒りと悲しみを覚えたことがあった。戦時中、日系人が敵性外国人として収容所に入れられると、中国系や朝鮮系の人々は、日系人だと思われないようにこのようなバッジをつけて外を歩いていたのである。白人優位社会の周辺に追いやられたアジア系の間にも越えられない溝があることを示唆している。
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