イギリス軍の作戦計画
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/07 01:04 UTC 版)
「クルセーダー作戦」の記事における「イギリス軍の作戦計画」の解説
このクルセーダー作戦は、イギリス軍が5ヶ月もじっくりと戦力を整えて、一気にトブルク包囲解除を目指した作戦だった。 イギリス軍の作戦計画の概要は、ウェーベルの行なった2度の作戦の失敗(ブレヴィティ作戦及びバトルアクス作戦)の経験を踏まえた大胆なものであった。 歩兵主体の第13軍団は戦車部隊が随伴し、リビア・エジプト国境地帯のハルファヤ峠、海岸地域の枢軸国軍部隊を攻撃し、さらに別方向から侵攻する第30軍団とトブルクで合流する。別に第30軍団はいったん南下して、枢軸国軍の陣地が少ない砂漠から北西方向へ侵攻し、トブルクを包囲する枢軸国軍部隊を攻撃する。また、トブルク守備隊はこれらの攻撃に呼応し、包囲の内側から南東のエル・ドゥダ (Ed Dedu) へ攻撃を行ない、海岸部のガンブート (Gambut) を進んでくるニュージーランド第2師団と合流するというものだった。 全体として第13軍団及び第30軍団によりエジプト・リビア国境付近からトブルクまでの枢軸国軍を包囲し、トブルク守備隊も包囲の内側から呼応して攻撃を行い殲滅する計画だった。 また、この作戦開始直前の1941年11月16日夜から17日にロンメルの殺害をねらったフリッパー作戦 (Operation Flipper) が行なわれたものの、失敗していた。
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