アンベードカルの運動
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/30 18:10 UTC 版)
「インド仏教復興運動」の記事における「アンベードカルの運動」の解説
19世紀からアナガーリカ・ダルマパーラら大菩提会(en、マハー・ボーディ・ソサエティ、1891年創設)によるスリランカからの仏教再移入の動きがあったが、特にインド独立後の1956年10月14日、カースト制度に苦しんでいたダリット(不可触民)の指導者、ビームラーオ・アンベードカル(初代インド法務大臣、インド憲法の起草者)が三宝・五戒を授けられ、彼を先頭に約50万人のダリットが仏教に改宗したことで、仏教がインドにおいて一定の社会的勢力として復活した。アンベードカルが改宗したマハーラーシュトラ州ナーグプールのディークシャーブーミには現在、これを記念するストゥーパが建立されている。なおアンベードカル自身は改宗のわずか2か月後に仏教に関する著書『ブッダとそのダンマ』を遺し急逝している。 ダリットを基盤として復活したインドの仏教はアンベードカルの独自のパーリ仏典研究の結果として「ブッダは輪廻転生を否定した」という見解を得たとする仏教理解に立脚しており、仏教の基本教理とされる輪廻による因果応報をカースト差別との関連から拒否するなど、その合理主義的な教義がダリットらの人権・解放運動、社会運動の一環と指摘される側面もある。
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