アメリカンリーグとナショナルリーグとの協定締結
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「1903年のメジャーリーグベースボール」の記事における「アメリカンリーグとナショナルリーグとの協定締結」の解説
1901年のアメリカンリーグのメジャーリーグ宣言以来、ナショナルリーグの抗争は泥沼化の一途を辿った。しかし、1902年の秋にナショナルリーグ会長がハリー・ブリアムに交代したことから、ナショナルリーグ側の姿勢が次第に軟化して両リーグの対話が進み、翌1903年1月9日にシンシナティで両リーグの代表者会議が開催されて、アメリカンリーグはナショナルリーグと対等の資格と権利を持つメジャーリーグとして正式に認められるものとした。そしてメジャーリーグ同士の間の全国協定も採択されて、それぞれのリーグの選手契約を尊重し引き抜きはしないこと、一般的なルールは共通なものにすること、それぞれのリーグは8チームで構成されること、同じ都市に本拠を置く2つのチームの合併は禁止され、1つのリーグが他のリーグの承諾を得ることなく構成球団を変更することも認められなくなった。また野球界の秩序を守るための機関としてナショナル・コミッション(全国委員会)を設置し、2つのリーグの会長と委員長とで構成されて初代委員長にはシンシナチ・レッズのオーナーであるオーガスト・ハーマンが選ばれた。こうしてアメリカンリーグとナショナルリーグと間には表面的には平和が生まれた。
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