自動体外式除細動器
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/04/04 03:15 UTC 版)
概要
心室細動していた心臓は、AEDによる電気ショックで静止状態になるので、使用後は速やかに胸骨圧迫によって、拍動の回復を促す必要がある(および、技術があり可能ならば人工呼吸を併用することが望ましい[1])。通常であれば拍動は自発的に再開する。主に不特定多数の者が出入りする空港や航空機内、ホテルなどの公共施設に広く設置され、消火器などと同様に、万一の事態が発生した際には、その場に居合わせた人(バイスタンダー)が自由に使えるようになっている。
電気除細動器は1950年代に初めて開発され、初期の通電波形は単相性で、通電により「心室細動」が除細動されることは驚きをもって受け止められた[2]。1980年代になって二相性波形のほうがより良い効果を示すことが明らかになると、低エネルギー通電も可能な二相性通電波形が採用されるようになり、1995年にAHA(米国心臓協会)のPAD勧告が公共スペースでの市民による除細動を推奨したことで自動体外式除細動器が普及するきっかけになった[2]。
日本では、救急車が現場到着するまで平均で約8分を要するが、心室細動が起きると数秒で意識がなくなり約5分後には不可逆的な脳障害が発生して死亡することとなるため[3]、一刻も早く電気的除細動を施行することが必要とされている[4]。救急車の到着以前にAEDを使用した場合には、救急隊員や医師が駆けつけてからAEDを使用するよりも、救命率が数倍も高いことが明らかになっている[5][6]。
機器の使用
使用方法
収納スタンドは、蓋を開けるとサイレンやブザー鳴動・赤ランプの点滅で緊急事態発生を周囲に告げる他、使用された事を示す信号が、当該施設の防災センターに送られるようになっているものもある(これにより防災センターは、警備員を現場に向かわせ対応する)。
電源を入れると、電極パッドを胸に貼り付けるように音声案内が流れる。パッドを素肌に直接貼り付けることができていれば、ブラジャーは外す必要はなく、もし余裕があれば、パッドを貼った後に、上から上着やタオルなどを掛ければよい(電気ショックの時間を遅らせないことが重要)[7]。電極パッドを胸に貼り付けると自動的に心電図の解析が始まり、電気ショックを与えるべきかの判断が行われる。
電気ショックが必要と判断された場合には、放電のボタンを押すようにアナウンスが流れ、施術者がボタンを押すと電気ショックによる除細動が行われる。
ショックボタンがない代わりに自動で電気ショックを実行するオートショックAED(フルオート機)も存在する。従来機(セミオート機)だとショックボタンを押すのを躊躇ってしまったり、操作ミス等でショックが適切に行われなかったという問題が調査により報告されているが、フルオート機ではショックが必要と判断した場合は音声ガイドかブザー音による3カウント後に自動でショックを実行するために確実に処置を行え、同時に救助者の精神的負担も抑えられるとしている [8]。しかし、ボタンがないことで救助者が困惑する可能性があったり実行前に救助者が患者から離れるのが遅れてしまうと感電する可能性がセミオート機よりも高いといった相違点に伴う問題もあり、厚労省からも注意が呼びかけられている[9]。日本国内では2021年に初めて製造販売承認を取得した製品が発売されたが、2022年現在、販売条件として日本救急医療財団の指導に基づいた設置要件を満たした場所へ設置すること、そして使用者が適切な講習・訓練を受けている必要がある[10]。当該製品にはセミオート機と区別する為にJEITA(電子情報技術産業協会)によって策定された共通のロゴが製品本体やキャリングケースに掲示されている。
AEDの使用方法については、製造メーカーのホームページなどを参照のこと。
使用目的の誤解
AEDとは「異常な拍動を繰り返し、ポンプとしての役割を果たしていない状態(心室細動)」の心臓を、電気ショックによって一時静止させることにより正常な拍動の再開を促すものであり、「静止した心臓を電気ショックで再起動させる」ものではない。
また、AED使用によって一時静止させられた心臓は、本来であれば自動的に拍動を再開するが、酸欠等の状態にあると拍動が再開しにくいため、AED使用後は、速やかに(人工呼吸と)胸骨圧迫(一般に心臓マッサージといわれるもの)を行い、拍動の再開を促す必要がある。AED機器が心室細動ではないと診断した場合は、除細動は行われず、胸骨圧迫を行うようアナウンスが流れる[11][12]。
講習
- 公的団体
- 日本では、各地の消防本部や日本赤十字社の都道府県支部が、心臓マッサージやAEDの使用方法などの救命講習会を開催している。病院や保健所で独自に行っているところもある。
- 民間団体
- アメリカ心臓協会 (AHA: American Heart Association) 公認講習を開催する日本蘇生協議会所属のNPO法人愛宕救急医療研究会、NPO大阪ライフサポート協会、日本ACLS協会や、メディックファーストエイド社、国際救急救命協会、日本救急蘇生普及協会(財団法人日本救急医療財団指定事業者)が非医療従事者向けにトレーニングを提供している。また、プロ野球球団に入団したばかりの新人選手に対して救命講習会を行った例がある[13]。
設置と保守
主な設置場所
2005年のヨーロッパのガイドラインでは、空港、カジノ、スポーツ施設など少なくとも2年に1件院外心停止が発生する可能性がある施設への設置を推奨している[14]。また、米国のガイドラインでは5年に1件心停止が発生する場所への設置を推奨している[14]。
交通機関
- 空港、旅客機内(旅客機は、1990年代から諸外国の航空会社がいち早く機内に搭載を開始し、日本航空も、2001年10月に国際線機内に搭載を始めている[15])
- 鉄道駅構内(大都市周辺や地方主要都市のJR駅、大手私鉄、地下鉄)、新幹線、特急列車内
- フェリーターミナル、フェリー内
- バス(主に観光バス)、バス営業所等
医療機関
公共施設
商業施設、娯楽施設
その他
- 大規模な工場内、自衛隊駐屯地、救急車内など
メンテナンスと寿命
電極のパッドやバッテリーには使用期限があるため、定期的な点検と交換が必要となる[16]。毎日自動的にセルフテストを行い、問題がなければインジゲーターが緑色になりすぐに使える状態である。バッテリ切れなどの異常が発生すると赤色・バツ印になり、アラームが鳴る[17]。バッテリーはリチウム電池などが用いられ、充電された状態で販売されている。購入者側で再充電や再使用することは無く、使い捨てである。バッテリーの使用期限は未使用の状態で通常3-5年である。またAED本体についても保証期間は5年程度で、耐用年数は7年程度とされる。このため、AEDを設置した施設については、未使用であっても5-7年毎に機器の再購入が必要となり、1台あたり30-40万円の費用負担が発生する。また、使用する状況になっても、バッテリー切れで使えなかったという事例があり、実際にそれが原因で患者を見殺しにしてしまう事件もある[18]。
注釈
- ^ JRC蘇生ガイドライン2015 第1章 一次救命処置(BLS)
- ^ a b 総務省消防庁「包括的指示下での除細動に関する研究会報告書」 2022年7月25日閲覧。
- ^ 心室細動の症状 - 06. 心臓と血管の病気 - MSDマニュアル家庭版
- ^ カーラーの救命曲線によれば、心停止3分で死亡率はおよそ50%、と言われている。
- ^ 非医療従事者による自動体外式除細動器 (AED) を用いた除細動と心肺蘇生 - 大阪府三島救急医療センター(シカゴのオヘア空港やラスベガスのカジノに設置されたAEDが市民によって使用され、高い救命率を示した話。)[リンク切れ]
- ^ Valenzuela, Terence D.; Roe, Denise J.; Nichol, Graham; Clark, Lani L.; Spaite, Daniel W.; Hardman, Richard G. (2000). “Outcomes of Rapid Defibrillation by Security Officers after Cardiac Arrest in Casinos”. New England Journal of Medicine 343 (17): 1206-1209. doi:10.1056/NEJM200010263431701. PMID 11071670 .
- ^ よくあるご質問 (PDF) 減らせ突然死 AEDプロジェクト
- ^ “オートショックAEDとは、一般的なAEDとの違いについて | AED(自動体外式除細動器)ならヤガミ”. AED情報なら株式会社ヤガミ. 2022年5月14日閲覧。
- ^ “・ショックボタンを有さない自動体外式除細動器(オートショックAED)使用時の注意点に関する情報提供等の徹底について(◆令和03年07月30日医政地発第730003号薬生安発第730003号薬生機審発第730003号)”. www.mhlw.go.jp. 2022年5月15日閲覧。
- ^ “オートショックAED徹底解剖。一般的なAEDとの違いとは? | AEDガイド”. inoti-aed.com (2022年4月22日). 2022年6月8日閲覧。
- ^ 報道でのAEDに関する表現について - 公益財団法人日本AED財団、2022年7月10日
- ^ 緊急メッセージ:安倍元総理銃撃事件に関わるAED使用について - 公益財団法人日本AED財団、2022年7月14日
- ^ 西武 新人選手に心臓マッサージとAED講習会 スポニチ、2013年1月19日
- ^ a b 日本循環器学会AED検討委員会; 日本心臓財団 (2012). “AEDの具体的設置·配置基準に関する提言”. 心臓 44 (4): 392-402. doi:10.11281/shinzo.44.392 .
- ^ 大塚祐司「航空機内での心肺蘇生の実施により心的外傷を負った1例」『宇宙航空環境医学』第44巻第3号、日本宇宙航空環境医学会、2007年、71-82頁、ISSN 03870723。
- ^ AEDの部品 使用期限切れに御注意を 京都市消防局、2009年11月20日
- ^ “AEDの日常点検の方法|点検について|設置済みのお客様へ|AEDライフ by 日本光電”. 日本光電のAED情報サイト【AEDライフ】. 2024年4月4日閲覧。
- ^ “救急車のAEDバッテリー切れ 70代女性、搬送先で死亡 成田:朝日新聞デジタル”. 朝日新聞デジタル (2022年2月4日). 2024年2月6日閲覧。
- ^ a b c d 橋本真由美、奥寺敬「救急医療から見たAEDの地理的空間」 2022年7月25日閲覧。
- ^ お客様、沿線の皆様、関係業務機関との連携 - JR東海 安全報告書 2008
- ^ “「涙をふいて」高円宮さま作った曲、AED普及ソングに:朝日新聞デジタル”. 朝日新聞デジタル. 2019年6月13日閲覧。
- ^ “お知らせ”. www.nz-ishikai.or.jp. 2019年6月8日閲覧。
- ^ AEDはどこで購入できますか? 2017年3月1日
- ^ 救命救急医療機器事業の日本法人営業開始について 旭化成、2012年10月24日
- ^ a b c “女性だとAEDが使われない? 救命処置の男女差”. NHK (2019年5月8日). 2019年5月12日閲覧。
- ^ “「AED使用で救命率2倍」なのに、"女性には使いにくい"現実”. 毎日放送. 2019年6月9日閲覧。
- ^ “AED 女子生徒に使われない!”. NHK (2019年5月6日). 2019年5月12日閲覧。
- ^ a b 清水岳 (2019年5月10日). “【弁護士に聞いてみた】AEDを使ってセクハラになる可能性ってありますか?”. AEDガイド. 2019年5月12日閲覧。
- ^ 清水岳 (2019年5月10日). “【女性とAED】服は全部脱がせなくても大丈夫。訴訟リスクがないことを知ろう。”. AEDガイド. 2019年5月12日閲覧。
- ^ a b c “嘘だった「AED使った男性をセクハラで...」 投稿主「問題提起のつもりだった」”. J-CAST (2017年12月22日). 2017年12月23日閲覧。
- ^ “「女性にAED」はセクハラ? 高校生ら対象の調査で男女格差、パッド装着時に抵抗感か”. 夕刊フジ (2019年5月17日). 2019年5月23日閲覧。
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- ^ 総務省 関東管区行政評価局,『国の出先機関等の施設における救命活動に関する調査 -AEDを中心として-』. 2018
- ^ 新潟県監査委員,『行政監査結果報告書 AED(自動体外式除細動器)の設置、管理等について 〜いざという時、使えるように〜』. 2019
- ^ a b “一次救命処置およびAED使用に関する意識調査| AEDコラム|AEDなら旭化成ゾールメディカル”. AEDなら旭化成ゾールメディカル. 2022年6月22日閲覧。
- ^ “女性にAED ためらわないで”. NHK (2019年5月31日). 2021年1月10日閲覧。
- ^ a b c 島袋コウ (2017年12月31日). “広がった「AEDセクハラデマ」と、その裏で築かれる偏見”. 琉球新報Style. 琉球新報社. 2018年2月9日閲覧。
- ^ 「【謝罪】AEDに関するツイートについて」モクセイ属のヒイラギさん2017年12月22日
- ^ a b c d e 小西敦「緊急事務管理規定とよきサマリア人法の必要性」国際文化研修2017春 vol.95 - 全国市町村国際文化研修所 2022年7月25日閲覧。
- ^ a b 日本救急医学会 公式ウェブサイト
- ^ えっ、意識低下した人に「AED使うな」? 「自称」看護師の指示は大間違い J-CASTニュース 2016年7月25日
- ^ 女子マネジャー死亡、「呼吸」誤解? AED使ってれば 朝日新聞 2017年8月17日
- ^ 成相通子(m3.com編集部) (2015年10月9日). “「善きサマリア人法」、日本では進まず◆Vol.2 - 医療維新 - m3.comの医療コラム”. m3.com. エムスリー株式会社. 2019年5月23日閲覧。
- ^ 沼田貴範. “応急手当と法的責任”. plaza.umin.ac.jp. 2019年8月9日閲覧。
- ^ 小西敦,『緊急事務管理規定とよきサマリア人法の必要性』. 2017
- ^ “AED利用、千葉県が条例で促進 救助巡る訴訟も支援”. 日本経済新聞 (2016年10月19日). 2019年5月12日閲覧。
- ^ “千葉県AEDの使用及び心肺蘇生法の実施の促進に関する条例逐条解説” (PDF). 2019年5月12日閲覧。
- ^ “「AEDと心肺蘇生 更なる活用への課題」(視点・論点)”. NHK (2019年7月4日). 2021年1月10日閲覧。
- ^ “除細動器と心臓ペースメーカのきほん: AED使用の現状・問題点”. 九州大学附属図書館. 2021年1月10日閲覧。
- ^ 深圳邁瑞生物医療電子のOEM機だが、フクダ電子は選任製造販売元ではなく製造販売業者として取り扱う(添付文書等への外国特例承認取得者の記載はなし)。
- ^ AED-9100/9200シリーズはカルディアック・サイエンスのOEM、AED-1200以降の機種は自社製造(ただしAED-1200はカルディアック・サイエンスから技術提携を受ける形で製造)。
- ^ パワーハートG3はカルディアック・サイエンス、レスキューハート HDF-3500はハートサインテクノロジーズリミテッドのOEM。
- 1 自動体外式除細動器とは
- 2 自動体外式除細動器の概要
- 3 機器の普及
- 4 製造と販売
- 5 脚注
- 自動体外式除細動器のページへのリンク