大和武士とは? わかりやすく解説

大和武士

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大和 武士(やまと たけし、1965年8月7日 - )は、日本の元俳優。元プロボクサー。第38代日本ミドル級王者。岡山県出身。身長185cm、体重85kg。血液型はAB型。弟は同じく俳優大和啄也




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大和武士

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衆徒」の記事における「大和武士」の解説

摂関家とのつながり強かった大和国興福寺鎌倉時代に入ると、南都奈良やがて大和一国支配権を得るようになった。本来同寺の衆徒太政官符によって20名と定められ別当三綱補佐にあたることになっていた(官符衆徒)が、次第一乗院大乗院などといった有力な門跡自己の発言力増大のために国内武士名主などを御家人などと称して自己の衆徒組み入れ、自院の学侶率いさせて寺内奈良の町の検断などに従事させた。また、神仏習合によって興福寺一体化していた春日社神人組み入れられ同様の役割を果たすこともあり、こうした春日社神人を「国民」と呼んだ代表的な大和衆徒として一乗院傘下筒井氏越智氏大乗院傘下十市氏・古市氏などがいる。南北朝期になると十市遠康が、興福寺所領侵し、自らの支配地域獲得して領主化する興福寺別当から十市遠康討伐要請を受け室町幕府第3代将軍足義満永和五年1379年斯波義将土岐頼康らを大和派遣するが、幕府軍十市遠康討伐開始する気配見せず義満十市討伐軍の諸将に、京への帰還命じる。これにより歴史上初め神木入洛による強訴失敗に終わらせて寺社勢力大打撃与えてしまった。第6代将軍足利義教は、大和国内に幕府支配権確立するために両門跡人事介入した。しかし、豊田中坊井戸とのあいだでおこった紛争幕府まきこまれ事態泥沼化してしまう。豊田中坊には、越智箸尾歳と後南朝方の沢・秋山がつき、井戸は、筒井十市がささえ、筒井越智対立大和二分する状況になり大和永享の乱呼ばれる争いがはじまる。文明3(1471)年8月には布施東軍)と越智家栄西軍)が闘うが、布施には箸尾楢原・倶尸羅十市筒井・前高田布施高田)、越智には歳・八田飯高古市吐田小泉・当高田当麻高田)が援軍している。そこに有力守護大名介入して応仁の乱挟んだ長期内紛へと発展した応仁の乱では東軍筒井順永十市遠清西軍越智家栄古市澄胤激しく争い以後大和国内は彼らの子孫たちによって群雄割拠された状態で戦国時代迎えることになる。 戦国時代には畠山氏重臣木沢長政河内国討死するとそれに乗じて筒井順昭十市遠忠勢力拡大した一時国内大半平定して戦国大名化進めるが、順昭が急死し幼少順慶後を継ぐと、越智氏古市氏反撃して筒井氏支配解体、更にその間隙を縫って三好長慶配下松永久秀大和攻め込んで順慶追放越智氏らを屈服させて永禄2年1559年興福寺から大和国守護職地位奪ったその後織豊政権のもとで大和一国大名として復活した筒井順慶は、対外的には大和国主として国内的に父祖代々継承してきた官符衆徒代表として法印僧都地位に就くという二面性持った支配体制確立する。だが、順慶の死後には豊臣秀吉が弟の秀長に大和一国与えて既存支配体制否定衆徒・国民強制的に解散させ、興福寺に対して官符衆徒本来の20(名)のみを寺内事務警備要員として採用して総計380石を与えることを認めたのである

※この「大和武士」の解説は、「衆徒」の解説の一部です。
「大和武士」を含む「衆徒」の記事については、「衆徒」の概要を参照ください。

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