国際的名声の獲得
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1950年、黒澤は松竹で『醜聞』を監督後、大映から再び映画製作を依頼されて『羅生門』を監督した。この作品は橋本忍が芥川龍之介の短編小説『藪の中』を脚色したシナリオを元にしており、武士の殺害事件をめぐり関係者の証言が全部食い違い、その真相が杳として分からないという内容だった。しかし、その内容だけでは長編映画として短すぎるため、黒澤が同じ芥川の短編小説『羅生門』のエピソードなどを付け足して脚本を完成させた。作品はその年度の大映作品で4位の興行成績を収めたが、批評家の評価はあまり芳しいものではなかった。しかし、1951年9月にヴェネツィア国際映画祭で金獅子賞を受賞し、さらに第24回アカデミー賞で名誉賞を受賞するなど、海外で相次ぐ賞賛を受けた。黒澤は映画祭に出品されたことすら知らず、釣りの帰りに妻から連絡を受けたという。『羅生門』は欧米が日本映画に注目するきっかけとなり、日本映画が海外進出する契機にもなった。また、複数の登場人物の視点から1つの物語を描く話法は、同作で映画の物語手法の一つとなり、多くの作品で繰り返し使われることになった。 その次に松竹で監督した『白痴』(1951年)は、黒澤が学生時代から傾倒するフョードル・ドストエフスキーの同名小説が原作で、黒澤にとって長年の夢となる映画化だったが、4時間25分に及ぶ完成作品は会社側の意向で大幅短縮され、激怒した黒澤は山本宛ての手紙に「こんな切り方をする位だったら、フィルムを縦に切ってくれたらいい」と訴えた。日本の批評家には悉く酷評されたが、ドストエフスキーの本場のソ連では高く評価された。これが最後の映画芸術協会での他社作品となり、1951年に東宝は争議で疲弊していた製作部門を再建するため、黒澤など映画芸術協会の監督と専属契約を結んだ。東宝復帰第1作である『生きる』(1952年)はキネマ旬報ベスト・テンの1位に選ばれるなど高い評価を受け、第4回ベルリン国際映画祭ではベルリン市政府特別賞を受賞した。 黒澤は次に本物の時代劇を作ろうと意気込み、橋本と『侍の一日』を構想するが資料不足で断念し、盗賊から村を守るために百姓が侍を雇うという話を元にして『七人の侍』(1954年)の脚本を執筆した。撮影は1953年5月に開始したが、製作費と撮影日数は予定より大幅超過し、最終的に撮影日数は約11ヶ月に及び、通常作品の5倍以上にあたる予算を計上した。作品は興行的に大成功したが、公開当時の国内では必ずしも高評価を受けることはなかった。ヴェネツィア国際映画祭に出品されると銀獅子賞を受賞し、その後は日本国内でも国外でも映画史上の名作として高く評価されるようになり、2018年にイギリスのBBCが発表した「史上最高の外国語映画ベスト100」で1位に選ばれた。 1955年2月、黒澤はカンヌ国際映画祭の審査員に要請されるも辞退した。『生きものの記録』(1955年)の完成後、黒澤は東宝と3本の契約を残していたが、それらを「時代劇三部作」として企画し、自らのプロデュースで若手監督に作らせようとした。1本目の『蜘蛛巣城』(1957年)はシェイクスピアの『マクベス』の翻案だが、大作映画になるため黒澤が監督することになった。結局、残る2本も黒澤が監督することで話が進み、2本目にゴーリキー原作の『どん底』(1957年)を監督した。この間に海外合作のオムニバス映画『嫉妬』に参加する話があり、能の「鉄輪」を題材にしたエピソードを企画するも製作中止となった。 1957年10月、黒澤はロンドンのナショナル・フィルム・シアター(英語版)の開館式に招待され、初めての海外渡航を行った。10月15日の開館式では、映画芸術に貢献した映画人としてジョン・フォード、ルネ・クレール、ヴィットリオ・デ・シーカ、ローレンス・オリヴィエとともに表彰された。その翌日には第1回ロンドン映画祭の開会式に出席し、『蜘蛛巣城』がオープニング上映された。黒澤はフォードを尊敬し、彼の作品から影響を受けたことを公言していたが、ロンドン滞在中にフォードと初めて会い、『ギデオン』の撮影現場を訪問したり、昼食を共にするなどの交友を持った。その次にパリに渡り、シネマテーク・フランセーズを訪問したり、ジャン・ルノワールと夕食を共にしたりして過ごした。黒澤はこの旅行を通して映画が芸術として認知されていることを直に知り、映画人として強い自負を持つようになった。これ以後、黒澤は日本の政治が映画に無関心であることや、映画産業に対する危機感を事あるごとに言及するようになった。
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