高橋名人 逸話

高橋名人

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/01/10 01:48 UTC 版)

逸話

裏技

ファミコン最盛期は数多くのファミコンソフトが開発・販売され、不具合やバグが多かったが、中にはその不具合がゲームの進行の意外な手助けになることがあり、必ずしも悪い効果ばかりではなかった。これがファミコンの雑誌などで“裏技”として度々取り上げられたことで、非正規のやり方で本来の仕様上想定されていない(もしくは公開されていない)効果を出すことを“裏技”と呼ぶようになったが、この「裏技」を高橋名人が命名したという説がある。

当時ハドソンが開発販売したロードランナーに、梯子で右手を上げた状態のままだと敵がすり抜けるという不具合が発売後に見つかり、発売済み商品の全回収で下手をするとハドソンの倒産も考えられた。これをコロコロコミックに相談したところ、「これは表には出せないから、“裏の技”ということでやったら面白いんじゃないか」と言われて、「そうだ、発表してしまえ。“裏技”(笑)」とその提案に乗って名人が略したのが発端であった、というものである[49][50][19]

キャラクターとしての高橋名人

高橋名人の冒険島』シリーズでは、彼を元にした同名の原人が主人公として登場する[注 25]。この原人姿の高橋名人が、テレビアニメBugってハニー』の主人公の高橋原人の元にもなった。後に、『サターンボンバーマン』や『ドリームミックスTV ワールドファイターズ』(声は高橋本人)、『Original story from FAIRY TAIL 激突!カルディア大聖堂』など、ハドソンの他のゲームへも登場した。

なお、『高橋名人の冒険島』はもともとエスケイプ(後のウエストン ビット エンタテインメント)制作・セガ(後のセガ・インタラクティブ)販売のアーケードゲームワンダーボーイ』(第1作)をそのまま移植する予定であったが、ハドソン副社長の「名人を主人公にしたほうが面白い」という一言で、制作元に了承を得た上で開発中のゲームの主人公キャラクターを高橋名人に差し替えられることになった。そのため、本人は牛乳を飲めない体質なのに「ゲーム内ではアイテムのミルクでパワーアップする」など、本人の特徴とは必ずしも一致しない設定となり、加えてファミコン版のみゲーム中のBGMも一新された。制作元のエスケイプは、ライセンス認証だけでなく同作の制作にも協力している。

翌年に北米で発売されたNES版『Hudson's Adventure Island』では、キャラクターの高橋名人(原人)は「Master Higgins」(マスター・ヒギンズ)という名前に変更されている。

街頭インタビュー

2006年9月6日朝、銀座数寄屋橋付近(出勤のため、有楽町駅から築地のハドソンへ向かう途中であった)の街頭で、秋篠宮妃紀子の出産についてテレビ東京から街頭インタビューを受け、11時6分頃、その模様が同局の番組『NEWS MARKET 11』内で放映された。これは「親王誕生の喜びに沸く街の声」としての扱いであり、全く偶然の出来事であった。かつてテレビ東京に多く出演していたにもかかわらず、テレビ東京の人員は全く気づいていなかった様子である。同日の『速ホゥ!』でもこの映像は使用された[注 26]

放映前の時点で、すでに本人のブログにインタビューを受けたことが書かれており本人と判明していたため、インタビュー放映直後からインターネットコミュニティ上で爆発的な話題となった[要出典]。放送されていたインタビュー画面を取り込んだ画像や動画が第三者により公開され、ハドソン本社に問い合わせや「インタビューを受けたことに関しての取材」の申し込みが殺到したり、「東京スポーツ」の記事として取り上げられるほどであった[注 27][51]


注釈

  1. ^ 一族の本家に生まれたため、簿記の習得を命じられたが、やりたいことではなかったため中退。アルバイトで経験を積んでいたため、入社当初から責任者扱いという立場にあった[6]
  2. ^ アルバイトから含めれば四年、正社員では三年[7]
  3. ^ 手取りの給料が10万[8]の時期に、本体27万8000円、フロッピーディスクドライブ29万8000円、メモリー4万円、ドットプリンタ10万円、合計70万円以上の額をローンで購入。当時名人が買った中古の自動車45万円を遥かに越える金額だった[9]
  4. ^ 当時はアマチュア無線機器とパソコン用ゲーム関連事業が主だったが、後者が8割程度の売上を占めた[9]
  5. ^ 採用の決め手はプログラミングの技術だけではなく、面接前に偶然名人が勤める店を当時社長であった工藤裕司が訪れた際、屋外で果物などを販売していた名人の声の大きさに「こんな声がデカくて八百屋みたいなやつがこの業界に入ってきたら面白い」と思い、その印象が強く残っていたところに、面接に来た名人を見た社長は一発で採用した[10][11]
  6. ^ そもそもハドソンに入社した動機の一つは「家から近いこと」だったが、入社四日後に「東京に行け」と命じられ、出張のつもりであったのにそのまま東京に住むことになった。宣伝部に移っての最初期の仕事はファミリーベーシックの説明書作成[12]
  7. ^ 「看板に「ハドソンの高橋利幸さん来たる。『チャンピオンシップロードランナー』をどうのこうの」と書いてあるんですよ。」とすでに大物扱いだった[14]
  8. ^ 当時はただの宣伝部員でサインなどはなかったため、この時は本名の「高橋利幸」を漢字やローマ字にして書いた[1]
  9. ^ 最初はラジオ体操の先生みたいなものとして考案された[16]
  10. ^ なお、「名人」の呼称の範を取った日本の囲碁界および将棋界では「高橋」姓の名人は1人もいない。将棋では「高橋名人」誕生後の1992年に高橋道雄が名人位獲得まであと1勝と迫ったが、果たせずに終わった。
  11. ^ 当時ハドソンの宣伝部でファミコン担当は名人一人で、催しの内容も自身で考え出した[17]
  12. ^ また、それまでコロコロコミックに本名で登場していたが、この決定を受けて、翌月発売の号から名義を「高橋名人」に変更した。
  13. ^ 具体的には宣伝部員としてCM制作の立ち会いやパッケージデザインもこなし、土日はイベント出演。本人にとって週末となる水曜日は『おはようスタジオ 』(テレビ東京系)に出演した後にようやく休みという1週間を送った[1]
  14. ^ ただし、同作は名人と札幌に関係づけて出鱈目な創作を繰り広げた作品であった。なお、ゲーム『高橋名人の冒険島』シリーズはその後もファミコン、スーパーファミコンで発売されている。『高橋名人の冒険島IV』は、ファミコン最終作品として1994年6月24日に発売された。
  15. ^ 電子音楽であるテクノゲームミュージックはその距離が近く、欧米ではデモシーンを通じてクラブなどで格好のいい音楽として子供だけでなく若者に受けていた。その流れはチップチューンとして花開いていく。
  16. ^ なお、名人という役職だが、事実上はコンシューマコンテンツ事業本部宣伝部部長
  17. ^ ハドソン自体は半年後にコナミに吸収され消滅した[29]。その際には以下のように述べ、元同僚達の身を案じている。「ところで、昨日、ハドソンが吸収というニュースが入ってきました。私たちリストラ組がやめる直前に開催した飲み会で、そんなことになるんだろうなぁと話してましたがまさにそうなったんだなぁという感触です。今後、ブランドが残るかどうかわかりませんが、昨年末までには、東京のメンバー全員がコナミに転籍していた様なので、あまり驚く程のことではないと思います。ブランドを残すのも大事ですが、それ以上に、働いていたみんながどうなるのか?が大事だと思います。会社あっての社員ですが、社員あっての会社でもありますから…とにかく、残った社員の方には、頑張って貰いたいなと思います。」[30]
  18. ^ 当時の陸上三種は、幅跳び、砲丸投げ、中距離走[1]
  19. ^ 髪を後ろで束ねるようになったのは、1990年に入ってからで、メイクの人が面倒臭いと縛ったのが気に入ったため[37]
  20. ^ なお、実際はファミコンの処理速度の問題があり、16回ボタンを押したからといって確実に16発の弾が出るわけではない[40]
  21. ^ 夏休みの催しとして行われたシューティングキャラバンでは、『スターソルジャー』を基に連打回数の測定のみを目的としたソフトも登場した(ただし展示のみであり、市販はされていない)。
  22. ^ 『GAME KING 高橋名人VS毛利名人 激突!大決戦』で最も早い連射のフィルムをコマ送りで数えた結果[42]
  23. ^ 2005年12月8日テレビ朝日の深夜番組『やぐちひとり』に出演した際には、12連射であった。その後「あぁ…全然駄目だ恥ずかしい」との発言を残している。のちの2006年8月にPodcastによるインターネットラジオ内で行った10秒間の連打数計測では、1回目が127回、2回目は125回(12.5 - 12.7連打/秒)の記録であった。また、2008年3月28日Wiiウェアで配信された『スターソルジャーR』の記念イベントで連打に挑戦し、12.3連打/秒を記録している。2011年7月4日にニコニコ生放送内でシュウォッチで計測した際には121回(12.1連打/秒)だった。2022年12月11日のイベント「高橋名人のブックオフ冒険島in枚方」では連打対決を行い、シュウォッチで129回(12.9連打/秒)を計測している様子が確認できる[45]。同月31日放送の日本テレビ系『笑って年越し!世代対決 昭和芸人vs平成・令和芸人』に生出演した際には、30秒や60秒というシュウォッチでの通常の計測より長い時間での連打対決が行われたが、30秒で332回(11.07連打/秒)、60秒で666回(11.1連打/秒)という記録を残している[46][47]
  24. ^ 2017年5月28日放送『しくじり先生』によると指を突いた瞬間に圧搾空気が出るようにしたもの
  25. ^ 原人は果物で体力回復し、ミルクで体力が全て回復する。本人も果物は好きであるが、牛乳はお腹を壊してしまうため飲めない(ラクターゼのない体質と考えられる[誰によって?])そうである。なお、パワーダウンアイテムに設定されているナスは、「こすり合わせたときの音が嫌い」なだけで平気で食べることができる。
  26. ^ なお、この日は大阪で商談があったため、私服である普段とは違いスーツ姿で出勤していた。
  27. ^ この件でインターネットでのアクセスが百万越えたため、会社のサーバーが落ちてしまったとのこと[35]
  28. ^ 「「みんながこれから覚えなきゃいけない遊びはもっといっぱいあるのに、テレビゲームしか遊んでなくていいの?」という点が重要なんです。例えば小学生だと、かくれんぼや鬼ごっことかいう遊びがあるわけです。」「子供たちが成長する過程で、鬼ごっこで外を走ったり、かくれんぼでどこかに隠れたりと、いろんな遊びで知恵をつけてほしいのですが、そういう時期にテレビゲームだけというのは良くないと思うのです。」[52]
  29. ^ 1985年7月26日、福岡のダイエー香椎店にて行われたゲーム大会「ゲームキャラバン」で、高橋名人が即興で語ったのが最初である。
  30. ^ 先述の『しくじり先生』出演時の発言によれば、その時はイベントがあったことから役員会に呼び出しされなかったものの今後の処遇をどうするかという話が出てたとのこと
  31. ^ 「レベルX」展(2003〜4年に東京都写真美術館で展示)については、[55][56]を参考。対談は展示企画者とのもの。
  32. ^ 「今回このようにゲームの展覧会として開催し、多くの人が見に来たということは、それなりにゲームが文化としてある程度認知されてきていると思うんですよ。僕は昔から「ゲームは1日1時間」と言い続けてきましたが、その真意はゲームを文化にしたかったからなんですよ。一時のブームで終わってしまわないように、長く続けて行きたかったが為にポンッと出た標語みたいなもんだったんですが、今となっては意味深い標語になったなと我ながら思っています(笑)。でもこうして改めて「レベルX」展を見て、少しはゲームを文化として認めてもらうのに役に立ったのかななんて思います。そう言った意味で今回の「レベルX」展はゲーム文化を再認識させてくれたんじゃないかなと思います」[54][注 31]
  33. ^ 昔、私は「テレビゲームは文化になる」と言って笑われましたが、今、ゲームはまさに日本が発信する文化になりました。80年代半ばの創成期から、子供たちと「テレビゲーム」という遊びを共有し続けてこられたことが私の宝です。この宝物をこのままで終わらせたくないと思っています。」[12]
  34. ^ 番組のマスコットキャラクター「わくちん」(の着ぐるみ、中の人はアナウンサー横井健一)とWiiで対決し、名人は2連敗してしまった。その後、札幌のスタジオに登場しFC「忍者ハットリくん」の裏技を披露した。
  35. ^ 「アグレッシブであいましょう」という憧れの人と対面する企画で小坊師秀暁(あかぼし☆こぼし)が会いに行った。

出典

  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z aa ab 週刊文春 2022年11月24日号 p.58 - 61「新・家の履歴書」
  2. ^ 「プロのゲーマーといえば“魂の16連射!!”の高橋名人くらいしか思い浮かばない」賞金総額10億円! 世界はコンピューターゲーム“eスポーツ”で盛り上がる ――プロゲーマーという職業(前編)| nikkei BPnet 〈日経BPネット〉
  3. ^ e-sports促進機構 | 機構概要 2017年2月22日確認
  4. ^ 16連射の高橋名人、札幌に好機到来「もっとCMを」:日本経済新聞
  5. ^ 商標出願・登録情報 登録4994766 - 特許情報プラットフォーム
  6. ^ 「テレビゲームとともに〜高橋名人の25年〜」 p.2
  7. ^ a b 高橋 (2009) 4-5頁 年表
  8. ^ 高橋 (2009) 24頁
  9. ^ a b c “高橋名人”という社会現象――高橋利幸氏、ファミコンブームを振り返る(前編) (1/5) - Business Media 誠
  10. ^ 「テレビゲームとともに〜高橋名人の25年〜」 p.1
  11. ^ a b c 第一回 高橋名人」 加藤 慎平 オフィシャルウェブサイト
  12. ^ a b 「テレビゲームとともに〜高橋名人の25年〜」 p.3
  13. ^ “高橋名人”という社会現象――高橋利幸氏、ファミコンブームを振り返る(前編) (2/5) - Business Media 誠
  14. ^ a b c “高橋名人”という社会現象――高橋利幸氏、ファミコンブームを振り返る(前編) (3/5) - Business Media 誠
  15. ^ 『テレビゲーマー』アクセラ、1997年9月12日、61,62,63,64,65,頁。 
  16. ^ もとラジ!第127話 高橋名人特集 12:30
  17. ^ もとラジ!第127話 高橋名人特集 13:30
  18. ^ 16連射、ゲームは1日1時間の裏側――高橋利幸氏、ファミコンブームを振り返る(後編) (5/5) - Business Media 誠
  19. ^ a b c d “高橋名人”という社会現象――高橋利幸氏、ファミコンブームを振り返る(前編)”. ITmedia ビジネスオンライン. 2022年2月9日閲覧。
  20. ^ 東京新聞 1985年12月23日
  21. ^ a b “高橋名人”という社会現象――高橋利幸氏、ファミコンブームを振り返る(前編) (5/5) - Business Media 誠
  22. ^ eスポーツには,楽しくゲームを伝える“名人”が必要。高橋名人誕生秘話も語られた「高橋名人が語る昔と今のTVゲーム業界」レポート”. 4Gamer.net (2018年11月14日). 2022年12月3日閲覧。
  23. ^ 高橋 (2009) p.44-45
  24. ^ 『夜の赤塚不二夫』なりなれ社、2021年7月28日、3頁。 
  25. ^ 高橋 (2009) p.46-47
  26. ^ HUDSON DIGITAL EXPRESS vol.20 編集後記
  27. ^ “ハドソンの高橋名人、役職も正式に“名人”に就任”. ITmedia. (2006年11月6日). http://plusd.itmedia.co.jp/games/articles/0611/06/news062.html 2011年5月23日閲覧。  - 名刺の画像が見られる。
  28. ^ 高橋名人はいつまでも“名人”です――転職してみてどうですか?”. ITmedia (2011年6月1日). 2011年6月9日閲覧。
  29. ^ 株式会社コナミデジタルエンタテインメント 旧ハドソンindex 2014年4月21日閲覧
  30. ^ 高橋名人 (2012年1月18日). “高橋名人オフィシャルブログ「16連射のつぶやき」”. 26日は、うちやえゆかさんがゲストです. 2012年1月21日閲覧。
  31. ^ 高橋名人がゲームプレゼンテーターとしてMAGES.に入社! - ファミ通.com
  32. ^ 高橋名人が代表取締役名人に就任――ゲームに関わるすべての業務を行う株式会社ドキドキグルーヴワークス設立 - ファミ通.com
    高橋名人:代表取締役名人に ゲーム新会社経営に乗り出す - MANTANWEB(まんたんウェブ)
  33. ^ 世界にドキドキを!|高橋名人オフィシャルブログ「16連射のつぶやき」
  34. ^ 一般社団法人 e-sports 促進機構|高橋名人オフィシャルブログ「16連射のつぶやき」
  35. ^ a b c d 鳥海鶏太のミュージック・シーバード 第138回『ファミソン8BIT SP~ゲームソング編』特集!! 2014年03月19日 | Blue-radio.com
  36. ^ HUDSON DIGITAL EXPRESS vol.16 編集後記
  37. ^ もとラジ!第127話 高橋名人特集 5:00
  38. ^ HUDSON DIGITAL EXPRESS vol.15 編集後記
  39. ^ a b c 17連射の高橋名人 バネ仕込んでみたら「早く押せなかった」”. NEWSポストセブン. 2022年2月9日閲覧。
  40. ^ a b 高橋名人の16連射は無意味?当時のファミコンでは、16連射は意味無かった…!?|高橋名人オフィシャルブログ「16連射のつぶやき」
  41. ^ 高橋名人 『公式16連射ブック 高橋名人のゲームは1日1時間』 p.108
  42. ^ 高橋名人 『公式16連射ブック 高橋名人のゲームは1日1時間』 pp.70-71
  43. ^ 2011年8月18日ニコニコ生放送内にて本人談
  44. ^ 16連射、ゲームは1日1時間の裏側――高橋利幸氏、ファミコンブームを振り返る(後編) (2/5) - Business Media 誠
  45. ^ ばばっち (2022年12月29日). “あの高橋名人が枚方に!ガチンコ連打対決してきた。1/1(日)〜のブックオフお得情報も【ひらつー広告】”. 枚方つーしん. 2023年1月5日閲覧。
  46. ^ 3連勝!”. 高橋名人オフィシャルブログ「16連射のつぶやき」 (2023年1月1日). 2023年1月5日閲覧。
  47. ^ “高橋名人:ゲームボタン連射対決で野田クリスタルに圧勝 「笑って年越し」”. MANTANWEB(まんたんウェブ). (2022年12月31日). https://mantan-web.jp/article/20221231dog00m200049000c.html 2023年1月5日閲覧。 
  48. ^ 『16SHOT RADIO』での名人本人の言葉
  49. ^ ニコニコ動画「ゲッチャ」2010年12月22日放送分、11分頃から
  50. ^ ニコニコ動画「ゲームのじかん 8月19日」
  51. ^ https://www.news-postseven.com/archives/20120207_85515.html
  52. ^ a b c d e 16連射、ゲームは1日1時間の裏側――高橋利幸氏、ファミコンブームを振り返る(後編) (4/5) - Business Media 誠
  53. ^ a b 16連射、ゲームは1日1時間の裏側――高橋利幸氏、ファミコンブームを振り返る(後編) (1/5) - Business Media 誠
  54. ^ H.D.exp vol.9「レベルX」展を終えて 対談特集
  55. ^ ファミコンが築いたテレビゲームの歴史を一挙に展示!「レベルX」レポート - 電撃オンライン
  56. ^ ゲームの展覧会"レベルX"が開幕 - ファミ通.com
  57. ^ 「ゲームは1日1時間」は正しかった?オックスフォード大学の研究結果より | インサイド
  58. ^ 「テレビゲームとともに〜高橋名人の25年〜」 p.7
  59. ^ もとラジ!第127話 高橋名人特集 23:10
  60. ^ 16連射、ゲームは1日1時間の裏側――高橋利幸氏、ファミコンブームを振り返る(後編) (3/5) - Business Media 誠
  61. ^ 「Shooting Game Side Vol.01」内インタビュー
  62. ^ もとラジ!第127話 高橋名人特集 15:00
  63. ^ 「テレビゲームとともに〜高橋名人の25年〜」 p.4
  64. ^ 「特報 ファミコン 20年目のゲームオーバー そして伝説へ 昨年の出荷 6万台でも 部品調達に限界」 - 『中日新聞』2003年6月10日 夕刊3面
  65. ^ 一日警察署長からの 高橋名人のblog 2018年4月9日
  66. ^ 「子ども社会もピッピッピッ 情報化」『朝日新聞』1987年1月1日付東京朝刊、15面。
  67. ^ “札幌の娯楽の聖地「スガイディノス閉店」 100年の歴史に幕”. 北海道新聞. (2019年6月3日). https://www.hokkaido-np.co.jp/article/311308 2019年6月4日閲覧。 
  68. ^ “高橋名人「娯楽教えてくれた」札幌のスガイディノス閉店”. 朝日新聞. (2019年6月3日). https://www.asahi.com/articles/ASM63064SM62IIPE01W.html 2019年6月4日閲覧。 
  69. ^ HUDSON DIGITAL EXPRESS vol.12 編集後記
  70. ^ 「DNA(記憶)を震わせてくれ! 高橋名人☓桃井はるこ」 『ファミソン8BIT SP~ゲームソング編』ライナーノーツ
  71. ^ 『ファミソン(R)8BIT SP~ゲームソング編』、高橋名人×桃井はるこスペシャル・インタビューが到着!|リスアニ!WEB
  72. ^ “バラエティ番組「しくじり先生」に高橋名人が登場! 「実はゲームが超下手」と語る名人が実行した“妙案”とは…”. INSIDE (株式会社イード). (2017年5月23日). https://www.inside-games.jp/article/2017/05/23/107351.html 2017年5月23日閲覧。 
  73. ^ “高橋名人、伝説の「十六連射スイカ割り」を地上波の生放送で披露。63歳の誕生日で出演、ゲーム対決で45歳年下の乃木坂46「清宮レイ」を全力で完封”. 電ファミニコゲーマー. (2022年5月23日). https://news.denfaminicogamer.jp/news/220523m/amp 2023年5月26日閲覧。 
  74. ^ 大泉洋ら、あ然 TEAMNACS新メンバーオーディションの顔ぶれが明らかに”. ORICON NEWS. 2021年11月12日閲覧。
  75. ^ STAFF&CAST”. BTOOOM!公式サイト. 2012年10月20日閲覧。
  76. ^ Inc., Aetas「PS4「LET IT DIE」がいよいよ日本,そしてアジアに上陸。日本版の出演声優が発表された「LET IT DIE ジャパンプレミア」をレポート」『』。2018年7月26日閲覧。





英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「高橋名人」の関連用語

高橋名人のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



高橋名人のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの高橋名人 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2024 GRAS Group, Inc.RSS