馬込車両検修場 馬込車両工場と新しい車両工場の建設

馬込車両検修場

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/02/18 02:06 UTC 版)

馬込車両工場と新しい車両工場の建設

本検車場と合わせて国道1号線を挟んだ西馬込駅北方に馬込車両工場が開設された。馬込検車場より西馬込駅奥にある引き上げ線を挟む形で平面交差で横断して地上に出る引込み線が設けられた。この連絡線には地下鉄線としては珍しく3か所に踏切が設けられ、同車両工場で長らく浅草線車両の重要部検査・全般検査を施工してきた。

しかし、工場建屋・設備は1990年代に入り、施設の老朽化が予測され、全面的な建て替えが必要とされた[7]。その一方、1990年代に入って開業が進んだ地下鉄12号線(大江戸線)は、都心部を中心に運行され、沿線に小規模な車両基地を設置したが、大規模な工場設備を確保することは困難であった[8][7]。別な資料[9]においては、当初木場車両検修場に工場設備を建設する計画であったが[9]、大江戸線環状部の建設費用を圧縮するため、馬込車両検修場に大江戸線の車両工場を共用する計画が決定されたとされている[9]

このことから、馬込検車場(馬込車両検修場)内に両線の車両の整備を可能とする新しい車両工場を建設する再整備計画が立ち上がった[7]。新車両工場の建設と大江戸線と浅草線を連絡する「汐留連絡線」の建設については1990年(平成2年)6月に整備計画が正式に決定された(馬込車両基地整備計画)。

この整備計画は、第1期工事と第2期工事に分けて実施した[7]。第1期工事は2000年(平成12年)5月 - 2002年(平成14年)2月にかけて実施され、検車場内に新総合庁舎、資材倉庫など15棟の建物を建築し、旧総合庁舎、食堂棟、倉庫など10棟の建物の解体と留置8番線 - 12番線の撤去などが行われた[7]

第2期工事は2002年(平成14年)12月 - 2004年(平成16年)3月にかけて実施され、第1期工事で移転や新設によって生み出されたスペースに、新車両工場棟を建設する工事である[7]。最終的に2004年(平成16年)3月に整備計画は完了し、同年5月から新車両工場の稼動を開始、これを前にして旧馬込車両工場は同年3月で閉鎖された。その後、2007年(平成19年)3月までに旧工場建屋は解体され[3]、跡地には2013年(平成25年)に立正大学付属立正中学校・高等学校品川区大崎より移転した。

新工場での検査方式

工場エリア(2019年11月公開時)

旧馬込車両工場では8両編成を4両ずつに分割して入場させ、天井クレーンを使用して車体と台車を分離する[7]。車体は台座に仮置きして整備、各機器や台車はそれぞれの検査職場へと運び、分解・整備して、また元の車体に取り付ける整備方法であった[10][7]

新しい車両工場では、浅草線と大江戸線という規格の異なる車両を、同一の工場ラインで効率的に検査が実施できるように整備されている[3][11]

入場した車両は4両ずつに分割され、入出場線と検査線に4両編成のまま入場し、それぞれの検査線において、5段階のスポットに分け、往路と復路で別々な検査を行うことができる[3][6]。片方の4両検査終了後は、車両の入れ換えを行い、もう片方の車両側にも同様の検査を行う(片方:入出場線で検査→検査線で検査・もう片方:検査線で検査→入出場線で検査)[11]

それぞれの検査ライン上では、流れ作業によって台車や空調装置などの機器をリンク品(整備済みの機器)を用いて、検査対象の機器を交換していく作業が主体となる[6]。取り外された機器は3階の整備職場や外注作業職場へ運ばれ、点検整備の上、次回入場車両に使用される[12]

この「ライン検査方式」は東日本旅客鉄道(JR東日本)の東京総合車両センター西棟(JR東日本209系以降の新系列車両に特化した専用検査棟)を参考にしたものであり、この方式の採用により工場ライン上での車両滞留時間を大きく減少させた[13][12][6]。最終的に組み立て完了後は、総合検査を実施し、検査は終了する[11]。検査日数は、重要部検査・全般検査とも浅草線車両で10日間、大江戸線車両で12日間である[11]

本工場で行う検査は重要部検査全般検査臨時検査の3種類である。ただし、2006年(平成18年)に引退した5200形車両は新工場での検査は考慮されていなかった。

  • 入出場線(L1線)

プールピット構造を採用し、入出場時の各種検査および調整、編成の分割または連結と総合検査を行うラインである[12][6]。車両入場時には連結器空気圧縮機の交換、機器の個別検査・交換、電気部品の気吹清掃等を行う[6]

  • 工場検査線(L2線)

プールピットと平床構造を持ち、屋根上機器や台車、空気ブレーキ等の車両部品の交換、輪重測定作業を行うラインである[6]。台車は在姿状態で車体を支持し、1両分の台車を昇降機2台を用いて抜き取り、台車通行線へ転送、そして整備済みの台車へと交換される[6]。外された台車はトラックで搬出され、外部で検査が実施される。検査の完了した台車はトラックで搬入後、立体式の格納庫へ格納されて次回の入場車両に使用される。

  • 臨検線(L3線)

車両故障等における臨時検査や臨時修繕を行うラインである[12][6]

安全面では車両移動時において、入出場線に車両移動確認装置、検査線には車両移動禁止装置を設置し、ライン上の検査機器の作業を制限している[12][6]。また、本工場内の検査設備機器のほとんどは日本車輌製造が担当している。また、工場内での車両入れ換え用にトモエ電機工業(現・新トモエ電機工業)製の25tバッテリー式車両牽引車を2台配置する[14]

汐留連絡線

大江戸線車両の回送のために大江戸線汐留 - 浅草線新橋付近には汐留連絡線が建設され、その完成を待って大江戸線12-000形(12-600形)の本検修所への入出場が可能となった。鉄輪式リニアモーター方式を採用する大江戸線車両は、通常の軌道である浅草線内では自走不可能なため、E5000形電気機関車の牽引により無動力回送される[11]

汐留連絡線は、2002年(平成14年)6月に建設に着手し[15]2006年(平成18年)1月に入線試験を実施[16]、2006年3月に使用を開始した[15]。延長439.7mの単線構造のトンネルである[15]。大江戸線汐留駅から浅草線に向かっては、半径 80m の急曲線や 48.5‰ の上り急勾配がある[15]

汐留駅構内の引き上げ線は、機関車と電車の連結・解放ができるよう、当初計画よりも20m 延長している[15]

汐留連絡線は、大江戸線汐留駅から環状2号道路都道481号道路)の地下を西に向かって 200m ほど進み[15]、南西にカーブして東新橋1丁目(日比谷神社前)交差点付近から第一京浜道路の地下に入り[17]、浅草線と200m ほど並行してから連絡する[17]。この並行区間にはパンタグラフの変更に対応できるよう、120mのパンタ調整区間が設けられている[15]。汐留連絡線と浅草線との連絡部は、港区東新橋2丁目にある「大東京ビル」前の地下である[17]。連絡部には安全側線を設けている[15]


  1. ^ a b c 東京都交通局『東京都交通局70年史 - 再建10年の歩み - 』p.327。
  2. ^ a b 機械・電気分野 交通局/馬込車両検修場(運輸系職員採用・東京都)。
  3. ^ a b c d e f g h i 鉄道図書刊行会『鉄道ピクトリアル』2007年9月号「東京都交通局馬込車両検修場の概要」pp.97 - 101。
  4. ^ a b 東京都交通局発行「都営地下鉄建設史 - 1号線 - 」参照。
  5. ^ 東京都交通局『東京都交通局90年史』年表pp.438 - 440。
  6. ^ a b c d e f g h i j k 日本鉄道車両機械技術協会『ROLLINGSTOCK&MACHINERY』2004年10月号研究と開発「都営地下鉄浅草線・馬込新工場の検修設備」pp.4 - 8。
  7. ^ a b c d e f g h 東京都交通局『東京都交通局90年史』「馬込車両基地整備と汐留連絡線」pp.108 - 109。
  8. ^ 大江戸線の光が丘車両検修場→木場車両検修場(高松車庫)に工場設備を設けたが、地下式のため、さまざまな制約があった。
  9. ^ a b c 鉄道ジャーナル社「鉄道ジャーナル」2005年3月号 鉄道・軌道プロジェクトの事例研究37「都営地下鉄大江戸線環状部の整備財源」p.96。
  10. ^ この方式は、現在も多くの鉄道会社で行っている整備方式である。
  11. ^ a b c d e 日本鉄道車両機械技術協会『ROLLINGSTOCK&MACHINERY』2015年9月号企画記事 - 公民鉄各社から - 「浅草線と大江戸線の車両を整備する馬込車両基地」pp.8 - 11。
  12. ^ a b c d e 『SUBWAY』2004年7月号レポート1「馬込新車両工場の整備について」pp.49 - 54。
  13. ^ この方式の採用には、ある程度同一仕様の車両で統一されていないと採用するメリットが少ない。
  14. ^ 新トモエ電機工業公式サイト掲載の導入事例の記事による(2011年9月28日閲覧)。
  15. ^ a b c d e f g h 成山堂書店『大江戸線建設物語』pp.214 - 225。
  16. ^ 成山堂書店『大江戸線建設物語』p.214には「祝・入線 2006.1」と書かれたヘッドマークを掲出したE5000形の写真が掲載されている。
  17. ^ a b c 成山堂書店『大江戸線建設物語』p.220「東新橋工区平面図」
  18. ^ a b c 東京都交通局『大江戸線放射部建設史』pp.485 - 489。
  19. ^ a b 東京都交通局『東京都交通局90年史』pp.92 - 93。
  20. ^ 東京都交通局『大江戸線放射部建設史』p.5「大江戸線の経緯」。






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