ねじまき鳥クロニクル
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/05/31 08:27 UTC 版)
あらすじ
法律事務所の下働きを辞めて日々家事を営む「僕」と、雑誌編集者として働く妻「クミコ」の結婚生活は、それなりに平穏に過ぎていた。しかし、飼っていた猫の失踪をきっかけにバランスが少しずつ狂い始め、ある日クミコは僕に何も言わずに姿を消してしまう。僕は奇妙な人々との邂逅を経ながら、やがてクミコの失踪の裏に、彼女の兄「綿谷ノボル」の存在があることを突き止めていく。
1984年6月から1986年の冬が主な舞台。作品を通して「水」のイメージで書かれている[1]。
登場人物
- 僕(岡田亨、おかだ とおる)
- 以前は法律事務所の事務員をしていたが、現在は無職。叔父から安く借りている世田谷の家で、妻と猫と住んでいる。
- 30歳で身長172cm、体重63Kg。カラマーゾフの兄弟の名前をすべて言え、炊事、洗濯、掃除などの家事や水泳を好む。
- クミコ(岡田久美子、おかだ くみこ)
- 「僕」の妻。旧姓は綿谷。編集者として働き、副業でイラストを描いている。元運輸省キャリアを父に、高級官僚の娘を母に持つ。
- 9歳年上の兄(ノボル)、5歳年上の姉(食中毒で死亡)との3人兄妹の末っ子。東京生まれだが、3歳から6歳まで、新潟の祖母に預けられて育った。
- 死んだ姉以外の家族には心を閉ざし続けていたが、「僕」に対しては心を開くようになり、やがて結婚に至る。
- 綿谷昇(ワタヤ ノボル)
- 久美子の兄。東京大学経済学部卒業。イェール大学大学院に2年間留学したのち、東大の大学院に戻り研究者となる。離婚歴があるが、現在は独身。伯父の綿谷義孝は戦時中、陸軍参謀本部に勤め、公職追放が解かれたのち参議院議員と衆議院議員を歴任した。
- 34歳のときに出版した経済学の専門書が批評家から絶賛され、マスメディアの寵児となる。伯父の地盤を継いで政界への進出を図る。
- 加納マルタ
- 水を媒体に使う占い師。報酬は受け取らない。不思議な直観を持つ。いつも赤いビニールの帽子をかぶっている。
- マルタ島で修行をしていた経験があり、彼の地における水との相性が良かったために「マルタ」を名乗るようになった。
- 加納クレタ
- 加納マルタの5歳年下の妹で、姉と同様の素質を持つ。マルタの助手。ジャクリーン・ケネディのような髪型とメイクをしている。
- 姉によって「クレタ」と名付けられるが、実際にクレタ島に行ったことはない。綿谷ノボルに「汚された」経験がある。
- 笠原メイ
- 岡田家の近所に住む高校生。バイクによる事故でケガをしてから、それを理由に高校には通わず、かつらメーカーでアルバイトをしている。家の庭で日光浴をしたり、裏の路地を観察している。
- 本田さん、本田伍長(本田大石)
- 北海道旭川出身。綿谷家が一時期贔屓にしていた占い師。ノモンハン事件より少し前の作戦で間宮中尉と出会い、彼の命を救う。ノモンハン事件の時に聴覚を損傷し除隊。
- 本田さんの大きな後押しにより、「僕」とクミコの結婚が叶った。
- 間宮中尉(間宮徳太郎、まみや とくたろう)
- 広島県出身。ノモンハン事件より少し前の小規模な作戦で本田伍長と出会い、運命的な体験をする。当時は兵要地誌班に所属。戦後、シベリアに抑留される。帰国後、教職に就き定年を迎える。
- 現在は簡単な農業などを営むが、本田さんからの遺書を受けとり、「僕」のもとへ形見分けに訪れる。
- 赤坂ナツメグ
- 横浜生まれ、満州国新京(現在の長春)育ち。ソ連の参戦直後に満州を脱出し終戦を船上で迎える。
- ファッションデザイナーとして有名になるが、現在ではある「特殊な仕事」が本業になっている。
- 赤坂シナモン
- ナツメグの息子、6歳の時に声を失う。聴覚はあり、知能は高い。顔の表情と手話のような手振りで、違和感のない意思疎通ができる。
- ナツメグの仕事の補佐をし、音楽の素養とコンピュータの知識、自動車の高度な運転能力を持つ。
- 牛河
- 国会議員秘書。裏の仕事を専門としている。長年、綿谷の家に仕えてきた。
- 身長150センチ余りで髪は禿げあがり、乱杭歯である。両切りのピースを吸い、いつも薄汚いスーツを着ている。
- 電話の女
- 「僕」に電話をかけてくる正体不明の女性。「僕」の私生活を詳しく知っており、電話越しに性的な挑発をする。
- 猫(ワタヤノボル → サワラ)
- 「僕」の家の飼い猫。何かの予兆を示すかのようにある日突然姿を消す。
登場する文化・風俗
「泥棒かささぎ」序曲 | ロッシーニが1817年に作曲したオペラ「泥棒かささぎ」の序曲。主人公がFMラジオをつけるとアバド指揮ロンドン交響楽団が演奏するこの曲がかかる。 |
ハーブ・アルパート | 米国のトランペッター、作曲家。ジェリー・モスとともにA&Mレコードを創設した。加納マルタにマルタ島に行ったことはあるかと問われた際、「僕」は次のように思う。「僕がマルタ島について知っているのは、ハーブ・アルパートの演奏した『マルタ島の砂』だけだったが、これは掛け値なしにひどい曲だった」[6] |
アレン・ギンズバーグ | 米国の詩人。ビート・ジェネレーションの代表者の一人。ギンズバーグとキース・リチャーズがマルタ島の山中にある湧き水を飲みに来たことを加納マルタは説明する。 なお本書の原型のひとつとなった短編「加納クレタ」にも、アレン・ギンズバーグとキース・リチャーズは登場する[7]。 |
キース・リチャーズ | ローリング・ストーンズのメンバー。本書での表記は「キース・リチャード」。 |
夏の日の恋 | 1959年11月に公開された映画『避暑地の出来事』の主題歌。映画公開に先立ち、パーシー・フェイス・オーケストラは9月にシングルとして発表。パーシー・フェイスのバージョンは翌年1960年2月から4月にかけて全米チャート1位を9週連続で記録した。 駅前のクリーニング店の主人は、JVCの大型ラジカセでパーシー・フェイス・オーケストラが演奏する「タラのテーマ」や「夏の日の恋」を聴きながら仕事を行う[8]。「彼はおそらくイージーリスニング・ミュージックのマニアなのだ」と主人公に評される。なおパーシー・フェイス・オーケストラの「夏の日の恋」は『ダンス・ダンス・ダンス』や短編「女のいない男たち」にも登場する[注 1]。 |
アンディ・ウィリアムス[注 2] | 米国のポピュラー歌手。ウィリアムスの歌う「ハワイアン・ウェディング・ソング」や「カナディアン・サンセット」が上記クリーニング店でかかる[12]。 |
ジョニー・エンジェル | シェリー・フェブレーの1962年のデビュー・シングル。全米チャート1位を記録した。加納クレタと初めて会ったときの印象を「僕」は次のように表す。 「見事に一九六〇年代初期的な外見を保持していた。『アメリカン・グラフィティ』を日本に舞台にして作ったとしたら、加納クレタはたぶんそのままの恰好でエキストラになれただろう。(中略) マイクを持たせたら、そのまま『ジョニー・エンジェル』を歌いだしそうだった」[13] |
ロバート・マックスウェル | 米国のハープ奏者、作曲家。マックスウェルの演奏する「ひき潮」が上記クリーニング店でかかる[14]。 |
バート・バカラック | 米国の作曲家。バカラックが作曲した「サン・ホセへの道」が上記クリーニング店でかかる[15]。ちなみに同曲はディオンヌ・ワーウィックが歌ったバージョンがオリジナルである。 |
トヨタ・MR2 | トヨタ自動車が1984年から1999年まで製造販売していたスポーツカー。加納マルタは兄のトヨタMR2を借りて自殺を試みる[16]。 |
デイリークイーン | 米国のソフトクリーム店、ファーストフードチェーン店。現在は日本から撤退している。笠原メイと「僕」は銀座通りにあるデイリー・クイーンに2回入り、ハンバーガーを食べたりコーヒーを飲んだりする[17]。 |
『森の情景』 | ロベルト・シューマンが1850年に出版したピアノ独奏曲集。主人公がFMラジオをつけると『森の情景』の第7曲「予言する鳥」がかかる[18]。 |
ダンキンドーナツ | 1948年に米国で創業したファーストフードチェーン店。1998年を境に、米軍基地内を除いて日本から姿を消した。主人公は新宿にある店舗に入り、ドーナツとコーヒーを購入する。本書では2回登場する[19][20]。 |
オズモンド・ブラザーズ | アメリカの音楽グループ。1963年にレコードデビューを果たし1970年頃に「オズモンズ」と改名した。メンバーのダニー・オズモンドはソロとしても活躍した。 「僕」は牛河の初対面の印象を次のように描写する。「できそこないのエクトプラズムのような不思議な柄の入ったネクタイは、オズモンド・ブラザーズくらい大昔からそこにずっと同じかたちで結ばれっぱなしになっているみたいに見えた」[21] |
『哀愁』 | 1940年公開の米国映画。原題は Waterloo Bridge。本書では作品の名前そのものは出てこない。クミコは「僕」の言葉から次のように連想する。「私は、汚れた身体を隠してそっとあなたのもとを去っていった。霧のウォータールー・ブリッジ、蛍の光、ロバート・テイラーとヴィヴィアン・リー……」[22] |
注釈
- ^ 『ダンス・ダンス・ダンス』ではドルフィン・ホテルのフロアでかかる[9]。「女のいない男たち」では語り手が次のように述べる。「僕は彼女を抱きながら、いったい何度パーシー・フェイスの『夏の日の恋』を聴いたことだろう。こんなことを打ち明けるのは恥ずかしいが、今でも僕はその曲を聴くと、性的に昂揚する」[10]
- ^ 『ダンス・ダンス・ダンス』にもアンディ・ウィリアムスは登場する。「恐ろしいほどの完璧な暗闇」の中で主人公は思う。「なんでもいいから音楽が聴きたかった。あまりにも静かすぎるのだ。ミッチ・ミラー合唱団だって我慢する。アンディー・ウィリアムズとアル・マルティーノがデュエットで唄っても我慢する」[11]
出典
- ^ a b c 『新潮』1995年11月号。
- ^ 『村上春樹、河合隼雄に会いにいく』新潮文庫、99-100頁。
- ^ ブルータス, カーサ (2017年2月28日). “村上春樹『騎士団長殺し』の装幀が生まれるまで。”. カーサ ブルータス Casa BRUTUS. 2021年7月29日閲覧。
- ^ 『村上春樹スタディーズ 05』若草書房、1999年10月、162頁。
- ^ 村上春樹『辺境・近境』新潮社、1998年4月。
- ^ 本書、第1部、新潮文庫、77頁。
- ^ 『TVピープル』文春文庫、122頁。
- ^ 本書、第1部、新潮文庫、105-106頁。
- ^ 『ダンス・ダンス・ダンス』上巻、講談社文庫、旧版、128頁。
- ^ 『女のいない男たち』文藝春秋、2014年4月、282頁。
- ^ 『ダンス・ダンス・ダンス』上巻、講談社文庫、旧版、144-145頁。
- ^ 本書、第1部、新潮文庫、152頁。
- ^ 本書、第1部、新潮文庫、156頁。
- ^ 本書、第2部、新潮文庫、27頁。
- ^ 本書、第2部、新潮文庫、343頁。
- ^ 本書、第1部、新潮文庫、177頁。
- ^ 本書、第1部、新潮文庫、207頁、209頁。
- ^ 本書、第2部、新潮文庫、199-200頁。
- ^ 本書、第2部、新潮文庫、317頁。
- ^ 本書、第3部、新潮文庫、44頁。
- ^ 本書、第3部、新潮文庫、162頁。
- ^ 本書、第3部、新潮文庫、461頁。
- ^ a b c “成河&渡辺大知、村上春樹作品の美を表現「ねじまき鳥クロニクル」開幕”. ステージナタリー (2020年2月11日). 2021年1月26日閲覧。
- ^ a b c d ““複雑なものを複雑なまま”描く、成河・渡辺大知・門脇麦らの「ねじまき鳥クロニクル」開幕”. ステージナタリー (2023年11月6日). 2023年12月21日閲覧。
- ^ nejimakistageの2020年2月28日のツイート、2021年1月27日閲覧。
- ^ a b “舞台『ねじまき鳥クロニクル』大貫勇輔、首藤康之、音くり寿ら全出演者発表”. ぴあ (2023年6月12日). 2023年12月21日閲覧。
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