弘法(こうぼう)にも筆(ふで)の誤(あやま)り
弘法も筆の誤り
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/02/25 06:23 UTC 版)
弘法も筆の誤り(こうぼうもふでのあやまり)は、平安時代の日本からのことわざ。
概要
その道に長じたような人であっても、失敗をすることもあるということを意味する[1]。
歴史
弘法とは空海のことである。空海は三筆と呼ばれる書の名人であった。空海が応天門の扁額を揮毫した際、掲げられた應の文字には点が1つ欠けていることに気が付いた。そこから空海は下から筆を投げつけて点を打ったという伝説が今昔物語集などで語られている。弘法も筆の誤りということわざが使われるようになったのは江戸時代中期である。伝説では空海は筆を誤って点を欠いたのではなく、わざと欠けさせており、超能力で点を補っていたと語られていたためである。それから900年ほど後の江戸時代中期に弘法も筆の誤りということわざが使われだして、はじめて空海は筆を誤っていたと認識されるようになった[1]。
脚注
- ^ a b 日本国語大辞典,デジタル大辞泉,ことわざを知る辞典, 精選版. “弘法にも筆の誤り(こうぼうにもふでのあやまり)とは? 意味や使い方”. コトバンク. 2023年10月27日閲覧。
関連項目
弘法にも筆の誤り
出典:『Wiktionary』 (2020/12/07 19:08 UTC 版)
ことわざ
類義句
参照
翻訳
- 英語: even Homer sometimes nods (en), pride goes before the fall (en)
- ラテン語: quandoque bonus dormitat Homerus (la)
- チェコ語: i mistr tesař se někdy utne (cs)
- 中国語: 善游者溺 (zh) (shànyóuzhěnì), 善骑者堕 (zh)/善騎者堕 (zh) (shànqízhěduò)
- フランス語: il n'y a si bon cheval qui ne bronche (fr), tout le monde peut se tromper (fr)
「弘法にも筆の誤り」の例文・使い方・用例・文例
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