コピーバンド
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/04/06 16:41 UTC 版)
コピーバンド(copy band)は既存の楽曲を忠実に演奏することを目的として活動するバンドを意味する和製英語。一般的に知名度の低いバンドのことを指す場合が多く著名人がコピーをする際にはコピーバンドとは呼ばれない。
概要
日本人が趣味や娯楽として既存曲を演奏するバンドを「コピーバンド」や「コピバン」と呼ぶ。対してアメリカのバーで既存曲を演奏するサービスのために演奏するミュージシャンや在日米軍基地の近くのバーやホールで既存曲を演奏していたバンドを指すことは少ない。楽曲の版権会社が公認している高い演奏技術、パフォーマンスを備えたコピーバンドでも、日本では生演奏のサービスを行うビジネスや飲食店の文化が根付いていないためパロディの「そっくりさんバンド」として見られることもある[1]。
英語では、カバーバンド(cover band)またはカバーズバンド(covers band)、トリビュートバンド(tribute band)[2][出典無効]という。これらは次第に、日本でもよく使われるようになるなかで、「コピー」、「カバー」、「トリビュート」の意味する事柄の違いから、類義語でありながら、アレンジを前提としたバンドや再現性に特化したバンドなどの目的の違いから、それぞれに様々な定義づけが行われ、異なるニュアンスで使われている。
変遷
1950年代〜1970年代
コピーバンドが世界的に盛んになったのは、1950年代以降のことで[注釈 1]、ポピュラー音楽などの楽曲の楽譜、特にバンド向けの楽譜が市販されていない時代から始まっている。耳コピーで採譜・暗譜する技術が求められるため、レコードやPA設備の普及前はショーイベントの主役やBGMとしての需要が高かった。ジャマイカのホテルのラウンジでアメリカ音楽を演奏するバンドとしてByron Lee and the Dragonairesが在籍していたりHiltonairsのようにホテル名をバンド名にするバンドもあった。
日本では米軍基地の近くで生演奏のサービスを提供するバーやダンスホールでアメリカの音楽をコピー演奏して収入を得るバンドが存在していただけでなく、大学のサークルなどを中心にビートルズ、ベンチャーズ、ローリングストーンズなど海外のバンドのコピーバンドが存在したが[注釈 2]、カントリー、ジャズなど多ジャンルにわたってコピーバンドが増えていった。さらにグループ・サウンズブームが到来すると、そうした日本人グループのコピーバンドも登場した。また、コピー演奏の経験のなかで、腕を磨き、音楽の技術と知識を向上してプロになったミュージシャンは無数にあった[注釈 3]。
1980年代〜1990年代
やがてテレビにおける素人芸やオーディション番組の人気の高まりとニューミュージックブームのなかでシンガーソングライターが多数登場するようになると歌謡曲やグループサウンズのように作曲家が作った曲を演奏するのではなくオリジナル曲を中心として演奏するバンド・ユニットが増えていった。
1980年代末になるとバンドブームの終焉と共にコピーバンドの人気も低下するが、その後も音楽を志す者の技術習得の場や娯楽としてコピーバンドは存在し、その中から優れたアーティストが多く登場している[注釈 4]。
海外ではアーティストやバンドがしばしば自分たちのコピーバンドを前座として使うが、ALFEEは、コピーバンドの演奏水準の高さに着目し、1986年8月3日に開いた東京湾13号埋立地での10万人コンサートでは、開場から開演までの間、特設ステージで10組のコピーバンドを前座として演奏させた。
1990年代になると日本ではインディーズブームやアメリカのストリートカルチャーの流入が始まりストリートファッションの定着の中で個性的であることこそが重要という風潮もあってコピーバンドに対する評価は非常に低くオリジナルの曲にこだわるアマチュアバンドや個性的なアレンジを施したカバー曲を演奏するバンドが増えていった。それらのバンドの中には欧米進出に成功するバンドも点在したが、インディーズブームがマスメディアの目に止まったことが裏目に出て自主制作の個性と魅力を持たない商業的な成功を狙ったバンドが増えた結果、耳の肥えた音楽ファンが興味を失った事でインディーズブームは終焉を迎える。
2010年〜2020年
スマートフォンの登場とYoutubeやTikTokの普及と共に既存曲を演奏するというキャッチーさからコピーバンドが大きな話題になることも増えた。LUNA SEA、JUDY AND MARRYなど人気バンドが解散していくなかで、こうしたバンドのファンが新たにコピーバンドを結成するケースも目立つようになり、各地で活動を継続している。アニメとのタイアップでバンドが主題歌を担当したりアニメの普及の影響から日本全国でアニソンをコピーするバンドやイベントも増えた。90'sリバイバルの中でリアルタイムを知らない若者が90年代に活躍したバンドのコピーをすることも多く、リアルタイムを知る世代とYoutubeやTikTokを通じて交流したり親子でバンドを組むケースが見られた。このように既存曲が教養として世代を超えてシェアされる時代になって、知名度の低いオリジナル曲を演奏するバンドよりも世代を超えた集客に繋がることからコピーバンドだけで構成されたイベントも全国で増えている。
海外では生演奏を楽しむ文化が定着していることからローリング・ストーンズ、レッド・ツェッペリン、ピンク・フロイド、U2、ラモーンズ、メタリカ、ビートルズ、ABBA、など伝説的な著名バンドのコピーバンドが数多く存在する[3][出典無効]。
類義語の定義と用法
カバーバンドとの違い
コピーバンドは、日本独特の和製英語であり、カバーバンドの同義語であるが、コピーバンド、カバーバンドの語源である、コピーとカバーの違いに関する定義に基づけば、一定の区別が可能である。
コピーとカバーの違いについて、以下のような考えがある。
既成曲にアレンジを加えず演奏することを「コピー」、既製曲に若干のアレンジを加えた演奏を「カバー」[4]
以上のようなコピーとカバーの違いの定義づけにもとづいて、各バンドをコピーバンド、カバーバンドのいずれか、判別する場合もある。
「カバーバンド」の広義の用法
「コピーバンド」の別の呼称である「カバーバンド」の用法として、最近はより広義な使われ方がされている。アニメソングカバーバンド[5]、ゲーム音楽カバーバンド[6]、オールディーズカバーバンド[7]というふうに、従来のような、特定のバンドの楽曲をカバーするというバンドの意味よりもジャンル全体の楽曲をカバーするバンドという意味で使用されることも増えてきている。
「トリビュートバンド」の様々な定義
「コピーバンド」、「カバーバンド」の中に「トリビュートバンド」を標榜するバンドが存在し、バンドの解散などを理由にライブの再現が不可能なバンドを忠実に再現するために結成されたバンドをトリビュートバンドと呼ぶ。トリビュートバンドは明確なコンセプトを持つため、世界的に注目されるバンドも数多く存在する。
脚注
注釈
- ^ 名ドラマーとして知られるフランキー堺やハナ肇とクレイジーキャッツの桜井センリ、谷啓、植木等が1954年に結成したフランキー堺とシティ・スリッカーズも、スパイク・ジョーンズ&ザ・シティ・スリッカーズのコピーバンドとして始められた。
- ^ ジローズの杉田二郎は、学生時代、ピーター・ポール&マリーのコピーバンドに所属していた。「ダイムコンサートの歩み」 参照。京都ダイムコンサートサイト内
- ^ 矢沢永吉が所属したキャロルも元々ビートルズのコピーバンドだった。
- ^ B'zの稲葉浩志はデビュー前、LOUDNESSのコピーバンドに所属したことがある。GLAYのTERUは、高校時代聖飢魔IIのコピーバンドに加入していた。また、Mr.Childrenの桜井和寿、田原健一、中川敬輔は高校時代、始めてバンドを体験するが、初めはコピーバンドとして練習を重ねていった。
出典
- ^ ビートルズが再びやって来た!? 40年ぶり?「そっくりさんバンド」笑顔 ZAKZAK 2006年6月29日
- ^ 英語版ウィキペディア cover band
- ^ 前掲 英語版ウィキペディア
- ^ よくある質問日経おとなのバンド大賞サイト内
- ^ アニメソングカバーバンド「リッチドール」
- ^ 「ファミコン・ゲーム音楽カバーバンド」レビュー&リンク集(海外編)
- ^ オールディーズカバーバンドTogether5 HISTORY
外部リンク
- copy bandのページへのリンク