VLTサーベイ望遠鏡
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VLT Survey Telescope | |
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運用組織 | ヨーロッパ南天天文台 ![]() |
設置場所 | セロ・パラナル ![]() ![]() |
座標 | 南緯24度37分41秒 西経70度24分18秒 / 南緯24.628度 西経70.40489度座標: 南緯24度37分41秒 西経70度24分18秒 / 南緯24.628度 西経70.40489度 |
標高 | 2,635 m (8,645 ft) |
建設 | – 年 |
観測開始年 | 2011年6月8日 ![]() |
形式 | リッチー・クレチアン式望遠鏡 ![]() |
口径 | 2.65, 0.938 m (8 ft 8.3 in, 3 ft 0.9 in) |
分解能 | 0.216 秒 ![]() |
焦点距離 | 14.416 m (47.30 ft) |
架台 | 経緯台式架台 ![]() |
ウェブサイト | vstportal |
VLTサーベイ望遠鏡 (ブイエルティーサーベイぼうえんきょう、VLT Survey Telescope:VST)はチリ北部のアタカマ砂漠にあるヨーロッパ南天天文台所属のパラナル天文台に建設された望遠鏡である。セロ・パラナル山頂の、超大型望遠鏡VLTの4台のユニット望遠鏡が建設された区画に隣接して設置されている。VSTは掃天観測に特化された望遠鏡で、満月の2倍に達する広い視野を持つ。 建設当時は、可視光サーベイ専用に設計された望遠鏡としては世界最大の望遠鏡であった[1]。
VSTプログラムはヨーロッパ南天天文台(ESO)と、イタリアのナポリにあるカポディモンテ天文台(OAC)との共同で1997年に開始された。OACはVSTを技術的・科学的側面の調整のためにVSTナポリセンター(VSTceN)という別研究所を設立した、イタリア国立天体物理学研究所の一組織である。 VSTceNはOACに所属し、VSTプロジェクトのMassimo Capaccioli教授により設立され指揮が取られていた。ESOとVSTceNはコミッションフェーズにおいて協力関係となり、ESOは現地での土木工事やドーム建設を担当した[2]。望遠鏡完成後はESOは望遠鏡の運用と保守管理を単独で担当している[1]。
VSTには国際天文学連合の小惑星センターから天文台コード"X11"が割り当てられている[3]。
技術的情報

VSTは主鏡直径2.65mの広視野サーベイ用経緯台式望遠鏡で、ESOのチリのセロ・パラナル天文台に2007年から2011年にかけて建設された。一度に撮影できる視野は1平方度でおおよそ満月4個分に相当し、その主な科学目的は南半球から観測可能な空域の宇宙の大規模構造を探索する広視野撮像装置として、隣接する超大型望遠鏡VLTで詳細観測する価値のある天体候補を探すことである。VLTは口径8m級の、分解能と集光力では世界でも優れた望遠鏡であるが、視野が狭いという欠点があり、広い範囲から天体を捜索する目的には向かないため、それを補完する役割をVSTが担っている[2]。VSTに搭載されたカメラであるOmegaCAMによって、VSTは高い角分解能(0.216 秒角/ピクセル)で可視光領域において独立したサーベイ観測が可能となっている[4]。
望遠鏡の仕様

望遠鏡にはM1と呼ばれる主鏡と、M2と呼ばれるより小さな副鏡の2枚の鏡があり、空からの光を撮像装置OmegaCAMへ送る。両方の鏡は熱膨張係数が小さい結晶性セラミック材料のシタルで作られている。大きいほうの鏡である主鏡は直径 265 cm 厚さが 14 cm であり、副鏡は直径が主鏡の半分以下の 93.8 cm 、厚さが 13 cm である[5]。 VSTの光学系を構成する部品はモスクワのリトカリノにあるガラス工場で製作され[6]、予定より早く完成したが、2002年にチリに到着した際に主鏡が破損しており、副鏡も損傷を受けていた。新しい2枚の鏡のチリへの到着はその後2006年までずれ込んだ[7][8]。
コンピューター制御された能動光学システムにより、主鏡の形状と副鏡の配置は絶えずコントロールされる。これによって常に光学的な撮影画像の品質が良くなるように鏡がリアルタイムで微調整される。 主鏡は鏡を下から支える84台の軸モーターと24台の位置変位モーターによるアクチュエータのネットワークで形状が微調整される。また、主鏡セル内には他にも望遠鏡の光学機構を調節できる装置が備わっており、2セットのレンズから構成される補正装置から、対回転するプリズムのセットである大気分散補正装置(ADC)に光が届けられ、異なる仰角高度の天体を観測する際のエアマスの違いによる大気の分散現象を補正することができる。
副鏡は露光中に鏡の傾きを変化できるプラットフォームで常にコントロールされている。これらの能動光学系には光学補正を常にフィードバックするシャック・ハルトマン波面センサが主鏡下のローカルガイドシステムと一緒に組み込まれている。これらのシステムによってVSTは天体の導入からガイド補正、追跡、能動光学システムを自律して行うことができる[6][9]。
OmegaCAM

VSTのカセグレン焦点には、オランダ、ドイツ、イタリアとESOの国際コンソーシアムで製作された、32枚の2Kx4K CCDイメージセンサ(合計268メガピクセル)で構成された広視野撮像装置「OmegaCAM」が搭載されている[10]。 また、設計上の特徴として、主要な32枚のCCDのほかにオートガイド用に2つ、オンライン画像解析のために2つ、計4枚の補助CCDを搭載している。そのほか、紫外線から近赤外線に至るまでの最大12枚のフィルターを使用できる。検出器全体が大きなデュワー窓に入っており、デュワー内は真空に保たれ検出器は -140℃ まで冷却される。このデュワー窓は検出器を大気や湿気から守るだけでなく、検出器前面の補正レンズとしても機能している[11]。
VSTサーベイ

VSTの主要用途は、広範囲にわたる多色撮像サーベイと、希少な天体を探すためのサーベイをVLTのために行うことで、VLTをサポートすることである。2011年10月から3つのパブリックサーベイプロジェクト、キロディグリーサーベイ (KiDS)、VST ATLASサーベイ、銀河面南部 VST 測光 Hαサーベイ(VPHAS+)が開始され[12]、5年にわたっての実施が予定されたが2016年以降も追加の観測が行われている。これらのサーベイは高エネルギークエーサーの捜索から暗黒エネルギーの性質の理解まで、幅広い天文学の課題にフォーカスされている[13]。
OmegaCAMが生み出す撮像データは膨大で、毎年30TBもの生データが処理のためにヨーロッパにあるデータセンターに送られる。この膨大なデータフローを処理するため、フローニンゲンとナポリで新しい高度なソフトウェアが開発された。処理が終わると、画像とともに検出された天体の膨大なリストが生成され、世界中の天文学者が科学解析のために使用できるようにされている[1]2011年になるまで、画像処理の開発予算は不透明だった[14]。
建設

2002年、ヨーロッパからチリへの輸送時に主鏡が喪失されたため、望遠鏡の建設が遅れることとなった。新しい主鏡と修理された副鏡は2006年に完成した[5]。イタリアでテストが完了すると望遠鏡はいったん分解されて、塗装され荷造りを受けてパラナルまで輸送された。最初の部品が届いたのは2007年6月で、パラナルでの再組立ての最初の段階は2008年4月に完了した[9]。主鏡セルが完成するまで主鏡は保管されたが、主鏡セルがチリへの輸送中に浸水にあったためヨーロッパへ送り返し修理することになったため、建設はさらに遅れた[7]。VSTで撮影した画像が最初に公開されたのは、2011年の6月8日になった[1]。
科学目標

VSTによるサーベイで惑星科学の分野においては、太陽系外縁天体のような遠方天体の発見や研究が進むほか、トランジットを利用した太陽系外惑星の捜索もできると期待されている。 銀河面の研究もVSTによる研究が進み、天の川銀河の潮汐相互作用の兆候を探すことで、天文学者が銀河の構造や進化について理解できるデータが得られると期待されている。 さらに、近傍の銀河の探査も進み、銀河系外や星団中の惑星状星雲や様々な微光天体、重力マイクロレンズ現象の調査も行うことができる。
近傍だけではなく、遠方宇宙の探査も行えることで、宇宙論における長年の疑問の答えを見つけるために役立つ。中程度の赤方偏移を持つ超新星をターゲットとすることで宇宙の距離スケールを確立させることができ、宇宙の膨張についての理解が深まる。さらに中程度からさらに高い赤方偏移での宇宙の構造、活動銀河核、クエーサーを探すことで銀河の形成や宇宙初期の歴史についてより深く理解することができる[17]。

主要サーベイのうちの1つ、VST ATLASサーベイを通して、今日の天体物理学における最も重要な疑問の1つである暗黒エネルギーの性質についても調べることができる。このサーベイでは、初期宇宙における音波が物質分布に与えた影響である、バリオン音響振動として知られている微小振幅振動の検出を目指しており、これは銀河のパワースペクトルを通じて検出可能である。 暗黒エネルギーの状態方程式はこの振動の特徴を測定することで決定できる。過去のサーベイによる推察によると、VSTによって現在の宇宙の理解に大きな影響を与える予期しない発見も期待できるとされている[17]。
画像の公開

VSTが初めて公開した画像はM17(オメガ星雲)の星形成領域で、これまでに撮影されていないような姿を見せるものだった。この星雲はいて座の天の川中心方向に位置し、ガスやダスト、若く高温の星々が広大な領域に広がっている。VSTの視野は非常に広く、星雲の淡い外層部を含めた全体を撮影でき、画像全体にわたって優れた解像度を保っている。画像データは、E.A. Valentijnやフローニンゲン大学の研究者によるグループによって開発されたAstro-WISEソフトウェアシステムで処理された[1]。
VSTが2番目に公開した画像は球状星団、オメガ星団の、地上広視野望遠鏡によるこれまでで最も優れた画像である。この天体はケンタウルス座にある全天で最大で見える球状星団だが、VSTの非常に広い視野とOmegaCAMの高感度によって、星団全体だけでなくその外層の淡い構造も捉えられている。画像中にはおよそ30万個の恒星が含まれている。画像データはA. GradoやINAFカポディモンテ天文台の研究者によるグループによって開発されたVST-Tubeシステムを用いて処理された[1]。
VSTが3番目に公開した画像はしし座にある3個の明るい銀河であり、画像中にははるか遠方の小さな銀河や、前景の天の川銀河内の星々も一緒に写っている。この画像は、VSTとOmegaCAMに銀河系外の宇宙や、銀河ハローの低輝度天体のマッピングを観測できる能力があることも示している。この画像は3枚の異なるフィルターを通じて撮影した単色画像を組み合わせてカラー合成したもので、カラー合成の際には近赤外で撮影した画像をRGBの赤に、可視光の赤色で撮影した画像をRGBの緑に、可視光の緑色で撮影した画像をマゼンタに割り振っている[18]。
ギャラリー
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真上から見たVST
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夜間のVSTドーム
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VSTが撮影したほ座超新星残骸
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VSTが撮影した渦巻銀河NGC1386
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VST搭載前のOmegaCAM
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VSTが撮影したSh2-284星雲
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VSTが撮影したNGC253銀河
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VSTの画像処理ワークフロー
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VSTが撮影した、打ち上げ直後地球から150万km離れた位置のGaia衛星
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VSTが撮影した惑星状星雲NGC6337
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VSTが撮影した「竜の卵星雲」NGC6164とNGC6165
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KiDSサーベイで得られた最初の成果画像の1つ[19]。
関連項目
出典
- ^ a b c d e f “First Images from the VLT Survey Telescope”. ESO. (2011年7月28日) 2011年6月8日閲覧。
- ^ a b “The VST Telescope”. ESO. 2011年7月29日閲覧。
- ^ “List Of Observatory Codes” (英語). 2025年7月19日時点のオリジナルよりアーカイブ。2025年8月18日閲覧。
- ^ Capaccioli, M.; Mancini, D. & Sedmak, G. (June 2005). “The VLT Survey Telescope: A Status Report”. Messenger (ESO) 120: 10–13. Bibcode: 2005Msngr.120...10C.
- ^ a b “The VST mirror”. ESO. 2011年8月1日閲覧。
- ^ a b Capaccioli, M.; Cappellaro, E.; Mancini, D. & Sedmak, G. (2003). “The VLT Survey Telescope (VST) Project: a progress report”. Mem. S.A.It. Suppl. (SAIt) 3 (286): 286. Bibcode: 2003MSAIS...3..286C.
- ^ a b Leverington, David (2017) (英語). Observatories and Telescopes of Modern Times. Cambridge University Press. ISBN 978-0-521-89993-2
- ^ Madsen, Claes (2012) (英語). The Jewel on the Mountaintop. European Southern Observatory
- ^ a b “VSTceN Portal: VLT Survey Telescope Center at Naples Web Portal”. INAF. 2007年3月5日時点のオリジナルよりアーカイブ。2011年8月1日閲覧。
- ^ Cappellaro, E. (June 2005). “OmegaCAM: The VST Camera”. Messenger (ESO) 120: 13. Bibcode: 2005Msngr.120...13C.
- ^
Kuijken, Konrad, Ralf Bender, Enrico Cappellaro, Bernard Muschielok, Andrea Baruffolo, Enrico Cascone, H-J. Hess; et al. (2004). OmegaCAM: Wide-field imaging with fine spatial resolution (PDF). Ground-based Instrumentation for Astronomy. Vol. 5492. International Society for Optics and Photonics. pp. 484–494.
{{cite conference}}
: CS1メンテナンス: 複数の名前/author (カテゴリ) - ^ “ESO - Public Surveys Projects”. 2025年8月19日閲覧。
- ^ “The VST surveys”. ESO. 2011年8月1日閲覧。
- ^ “AAAS”. 2025年8月19日閲覧。
- ^ “A Tale of Three Stellar Cities”. www.eso.org. 2017年7月27日閲覧。
- ^ “Image of the Carina Nebula Marks Inauguration of VLT Survey Telescope”. ESO Press Release 2012年12月8日閲覧。
- ^ a b “VST Science”. ESO. 2011年8月14日時点のオリジナルよりアーカイブ。2011年8月1日閲覧。
- ^ “News”. ESO. (2011年7月27日) 2011年8月1日閲覧。
- ^ “Huge New Survey to Shine Light on Dark Matter”. 2015年7月13日閲覧。
外部リンク
- VLTサーベイ望遠鏡のページへのリンク