マルト・ダルマニャック
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2017/11/26 01:08 UTC 版)
マルト・ダルマニャック Marthe d'Armagnac |
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ジローナ公妃 | |
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ジローナ公爵夫人マルトの寝棺像、ポブレー修道院。
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死去 | 1378年10月23日 サラゴサ |
配偶者 | ジローナ公フアン |
子女 | ハイメ フアナ フアン アルフォンソ レオノール |
父親 | アルマニャック伯ジャン1世 |
母親 | ベアトリス・ド・クレルモン |
マルト・ダルマニャック(仏:Marthe d'Armagnac)またはマルタ・デ・アルマニャック(西:Marta de Armagnac, ? - 1378年10月23日)は、アラゴン王フアン1世の最初の妻。夫の即位以前に死去したため王妃にはなれなかった。
生涯
フランスのアルマニャック伯ジャン1世とその2番目の妻でブルボン公ルイ1世の姪にあたるベアトリス・ド・クレルモンの間の娘として生まれた。誕生年は不詳だが、1347年以降と考えられている。姉のジャンヌはベリー公ジャンの夫人となった。1370年にアランソン伯ピエール2世と婚約したが、破談となっている。
アラゴン王ペドロ4世はカスティーリャ王ペドロ1世との間で繰り広げていた二人のペドロの戦争を優位に進めるべく、フランスとの同盟を模索していた。ペドロ4世は長男のジローナ公フアンの妻にフランス王女ジャンヌを迎えようとするが、ジャンヌはバルセロナへ向かう途上で病死した。さらにフランス王シャルル5世は、カスティーリャの新王エンリケ2世の即位(1369年)を支援した関係で、エンリケとは強固な同盟関係にあった。
ペドロ4世は次に南フランスの有力諸侯であるアルマニャック伯ジャン1世に同盟を持ち掛けた。アルマニャック伯家は二人のペドロの戦争でカスティーリャ側の同盟者であり、彼が裏切ればカスティーリャには痛手であった。一方、ジャン1世もフォワ伯家との対抗上、アラゴン王との同盟は好都合だった。ジローナ公フアンとマルトとの婚姻契約は1373年3月27日に成立した。マルトに約束された寡婦財産は15万ポンドという莫大なものだった。2人の結婚式は1373年6月24日にバルセロナで行われた。
マルトは物静かで穏やかな性質で、婚家や新しい国の人々にすぐになじんだ。さらに夫フアンの人柄をよく理解し、怒りっぽい夫をなだめる役目を果たした。1377年に義父のペドロ4世が下級貴族の娘シビラ・デ・フォルティアを4番目の妃に迎えたことは宮廷の醜聞となり、特に夫のフアンはシビラを激しく嫌ったが、マルトはシビラと友好的な関係を結んだ。1378年、おそらく末娘の出産後に体調が悪化して死去した。夫は1380年にヨランド・ド・バルと再婚した。
子女
夫との間に5人の子女をもうけたが、成長したのは娘1人だけである。
- ハイメ(1374年)
- フアナ(1375年 - 1407年) - 1392年、フォワ伯マチューと結婚
- フアン(1376年)
- アルフォンソ(1377年)
- レオノール(1378年)
参考文献
- Aurea L.Santos Wall, Mata of Armagnac, Duchess of Girona, Barcelona, Rafael Dalmau (episodes of history, 88), 1967.
- Joseph M. Madurell and Marimon, "The Marriage of Prince John ans Martha of Armagnac", Catalan University Studies, 19 (1934).
- Rafael Olivar Bertrand, Royal Wedding between France and the Crown of Aragon: political marriage of princes of Aragón and Cataluña , with respect to France, in the fourteenth century, Barcelona, Alberto Martin, 1947.
- Joseph Trenchs, "The fish kills the princess table of Armagnac : the whims and fancies of a princess", Go to Colloquium in History of Food in the Crown of Aragon. Middle Ages. Acts, vol. 2, Lleida, Lleida Studies Institute, 1995, pp. 309 – 328.
外部リンク
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「Martha of Armagnac」の例文・使い方・用例・文例
- Microsoftがβ版をランチするのは「NetShow streaming server」で動画や音声をオンデマンドで提供する。
- 《主に米国で用いられる》 = 《主に英国で用いられる》 an admiral of the fleet 海軍元帥.
- 篏入的 r 音 《英音の India office /ndiərfɪs/の /r/の音》.
- =《口語》 These kind of stamps are rare. この種の[こういう]切手は珍しい.
- (英国の)運輸省. the Ministry of Education(, Science and Culture) (日本の)文部省.
- は of の誤植です.
- を off と誤植する.
- あいまい母音 《about, sofa などの /ə/》.
- 副詞的小詞 《on, in, out, over, off など》.
- 迂言的属格 《語尾変化によらず前置詞によって示す属格; たとえば Caesar's の代わりの of Caesar など》.
- çon of garlic [humor]. それにはガーリック[ユーモア]がちょっぴり必要だ.
- 《主に米国で用いられる》 = 《主に英国で用いられる》 the Speaker of the House of Commons 下院議長.
- 《主に米国で用いられる》 = 《主に英国で用いられる》 the Committee of Ways and Means 歳入委員会.
- 初めて読んだ英文小説は“The Vicar of Wakefield”
- (違法罪―a sin of commission―に対する)怠惰罪
- 『each』、『every』、『either』、『neither』、『none』が分配的、つまり集団の中の1つのものを指すのに対し、『which of the men』の『which』は分離的である
- 『hot off the press(最新情報)』は『hot(最新の)』の拡張感覚を示している
- 『Each made a list of the books that had influenced him』における制限節は、リストに載った本を制限節で定義された特定の本だけに制限する
- 臨床的鬱病を治療するのに用いられる三環系抗鬱薬(商品名ImavateとTofranil)
- 『sunshine-roof』は『sunroof(サンルーフ)』に対する英国の用語である
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