FMW倒産後から引退まで
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/25 09:58 UTC 版)
「ミスター雁之助」の記事における「FMW倒産後から引退まで」の解説
FMW倒産後、雁之助はハヤブサらと共にWMFを立ち上げるものの、ハヤブサ、GOEMON、マンモス佐々木など主力選手の多くが離脱した。雁之助は小島聡、佐々木健介などのトップレスラーとWMFのリング上で対戦し、2003年、全日本プロレスでは黒田哲広とのタッグでアジアタッグ王座を奪取した。 その後、自らのニックネームを冠した自主興行「鬼神道」を開催。 2007年1月27日、無我ワールド・プロレスリングにフリーとして参戦。バック・クオーターメインとのシングルで勝利を収める。試合後、インディー批判をする同団体の西村修に対し雁之助は、(西村は、その場に不在であったが。)「インディーの何が悪いのか、何が気に食わないのか教えてくれ!」と訴えていた。 4月18日、旧知のさくらえみ率いるアイスリボンに電撃入団したが、2日後「アイスリボンは女子の団体」と希月あおいら所属選手が反対し、雁之助が不在のうちに退団→最高顧問就任となった。その後も不定期でアイスリボンの試合には出場している。 2007年、引退を発表。金村の解雇に伴う活動休止から再開したアパッチプロレス軍でFMWレジェンド軍を率いて参戦するなど数多くの試合をこなし、2008年12月27日、自主興行「鬼神道ファイナル〜ミスター雁之助引退試合〜」を以って現役を引退した。
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