高商・青春時代
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2018/10/23 02:39 UTC 版)
父はこの頃、「家業の心配はしなくてよい。おまえは学業に専念しなさい。おまえには俺にはない学っちゅうものを身につけさせたい。」この父の言葉の裏には将来の後継者としての父の教育方針が背景にあったと思われる。豊は、父の期待を背に必死で勤勉した。 また学生時代には、水泳部、山岳部に所属しており、数々の活動に参加し青春を謳歌していた。この頃、小樽高商には外国人の教授が多く、中でも最も影響を受けたのがダニエル・ブルックマン・マッキンノン教授であった。この教授との出会いで、豊は語学に堪能になり国際感覚を身に付けていった。当時の小樽は外国船が訪れる港町であり、音楽や絵画など芸術に対しての理解を身に付けるなど豊の後年の「人格形成」に大きな影響を与えた。豊は個人的にマッキンノン教授を訪ね、ひろくアメリカについて話を聞き、見聞を広げていった。豊の国際感覚は、マッキンノン教授によって培われていった。
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